1970年代後半から1980年代前半に生まれた人ならわかると思いますが、その頃は、勉強して、いい大学に行って、いい会社に入ることが、最良のルートと言われてきました。
実際その過程にある受験というシステムは、意味のないものをどれだけ効率的に覚え、点数を稼げるか、そのテクニックを競うゲームとしてでしかなく、本著でいう「教養」とはかけ離れたものです。
そして、大学に入学したところで、中高での意味のない勉強から解放されて、また間違った形での自由を無為に浪費する3年があり、4年目前には就職受験ともいえるシュウカツがまっている。
そうしてたぶん多くの人が30歳前後で、社会に出た後に自分の「教養」の無さを自覚していると思われます。まさに自分もそうですが、すべてを立花氏の指摘する文科省の制度に収斂はできませんが、抗いがたくそのアーキテクチャの中にいたことは事実です。
本著の誤解は東大生がバカというよりも、教育システムそのものの欠陥を指摘しているわけです。
そして、本当の「教養」について、知のマップという非常に意味深い視点を与えてくれています。
もっと早い時期に読んでおきたかった、そう思える一冊です。