出版社/著者からの内容紹介
私は、放射線治療を中心としたがん治療を行っている勤務医で
す。昨年5月、34歳で原発性肺癌(腺癌:Stage 1A)と診断されました。きっかけ
は、外勤先のクリニックで、たまたま撮影した胸部レントゲン写真でした。出
来上がったフィルムを見て、左下肺野に1.5cm大の腫瘤影があり、仰天しまし
た。転移性がんも考えられましたが、その後の精査で、幸いにも他病変はなく、
肺原発の病変ということが分かりました。病理検査も兼ねた手術を東大病院呼吸
器外科にて受け、正式に原発性肺腺癌Stage 1Aの診断が下りました。5年生存率
は75~80%程度ですが、現在のところ無再発生存で、術後1年経過しています。
▽▼▽私の上司である東大放射線科の中川恵一准教授より、「がん治療を行う
者が30代前半の若さでがんとなり、しかも自己発見をしたということは貴重な
体験であるから、社会にその経験を還元する必要がある」と、今回の体験に関す
る本の執筆を勧められました。
▽▼▽がんの自己発見から精査、手術、術後に至るまでの過程と、検査結果から
鑑別診断を除外する過程など、自分の医者としての経験に基づくがん患者として
の体験を綴りました。日本国民の2人に1人は罹る「がん」という病気を、身近
な問題として多くの人に考えてもらいたいとの思いと、更には本来身近であるは
ずの自分の死を意識して生きるということの必要性とを、自分の医者としての
経験にも基づいて書いております。
▽▼▽一時期のメディアによる医者叩きは、ある程度は沈静化しつつあるようで
すが、個人的実感としては、まだまだ世間の認識とのギャップを感じずにはいら
れません。つい先日も、知人の地方公務員に、「医者は給料がよくて、いい生活
ができていいよなぁ」と、面と向かっていわれることがありました。世間の多く
の人は、一昔前の羽振りの良かった頃の開業医と、現在の勤務医を同列に考えて
いるように感じます。勤務医の給料はもとより、夜間・休日の呼び出しの実態な
ど、理解されていないことが多すぎるように感じています。自分が勤務医として
働いての実感、とりわけレジデントの生活について、少しでも世間に知ってもら
いたいと思い、そこの部分にもかなりの紙幅を割きました。
▽▼▽放射線科治療部門に関しては、あまり知られていないかとも思いますが、
市中病院だと2−3人体制であり、病棟当直の割り振りもままならず、卒後20年
を過ぎても主治医が常にファーストコールという現状があります。がんのエン
ド・ステージの方も多く、夜中・週末も病院から離れられないことも少なくあり
ません。小児科・産婦人科・外科系など、ほかの多くの科では、さらに大変な状
況だと察します。
▽▼▽勤務医なら誰しも経験しているであろう、病棟からの無制限の呼び出しは
勿論、院内のメッセンジャー代わりの薬剤運びやカルテ運び、患者さんの搬送な
ど、多くの雑用が医者に押し付けられている現状を変えるには、世間にもっと勤
務医の実態を知ってもらう必要があると考えています。
▽▼▽私は、医者は医者にしかできないことをするべきであり、先ほど述べたよ
うな雑用をする時間を、患者さんを少しでもよくするための勉強をする時間にあ
てるべきだと思っています。そのためには、コメディカルを含めた人員増加や、
医療費増加を行うべきであると考えています。
▽▼▽少しでも日本の医療をよくするためにも、医者・患者は勿論、患者予備群
の全国民が出来ることをするべきだと思います。末端の一勤務医が訴えるには、
少々差し出がましいことではありますが、むしろ末端の人間だからこそ分かる現
場の実態を、自分の経験を具体的に挙げながら提起したつもりです。
▽▼▽不幸にも若くして癌になった私は、今回、勤務医の激務の実態を世間に対
して訴える機会を得ることができました。このような機会を与えてもらった私
は、勤務医の劣悪な労働環境を世間の多くの方に知らせる義務があると考えまし
た。日本の医療を少しでも良くするためには、まずは勤務医の過重労働を改善す
るべきであるとの主張を述べています。がん患者の心境及び勤務医の労働実態
を、広く知ってもらえればと考えております。
▽▼▽全国の勤務医の皆様に、少しでもご共感をいただければ、幸甚に存じま
す。(MRICインタビューより)
す。昨年5月、34歳で原発性肺癌(腺癌:Stage 1A)と診断されました。きっかけ
は、外勤先のクリニックで、たまたま撮影した胸部レントゲン写真でした。出
来上がったフィルムを見て、左下肺野に1.5cm大の腫瘤影があり、仰天しまし
た。転移性がんも考えられましたが、その後の精査で、幸いにも他病変はなく、
肺原発の病変ということが分かりました。病理検査も兼ねた手術を東大病院呼吸
器外科にて受け、正式に原発性肺腺癌Stage 1Aの診断が下りました。5年生存率
は75~80%程度ですが、現在のところ無再発生存で、術後1年経過しています。
▽▼▽私の上司である東大放射線科の中川恵一准教授より、「がん治療を行う
者が30代前半の若さでがんとなり、しかも自己発見をしたということは貴重な
体験であるから、社会にその経験を還元する必要がある」と、今回の体験に関す
る本の執筆を勧められました。
▽▼▽がんの自己発見から精査、手術、術後に至るまでの過程と、検査結果から
鑑別診断を除外する過程など、自分の医者としての経験に基づくがん患者として
の体験を綴りました。日本国民の2人に1人は罹る「がん」という病気を、身近
な問題として多くの人に考えてもらいたいとの思いと、更には本来身近であるは
ずの自分の死を意識して生きるということの必要性とを、自分の医者としての
経験にも基づいて書いております。
▽▼▽一時期のメディアによる医者叩きは、ある程度は沈静化しつつあるようで
すが、個人的実感としては、まだまだ世間の認識とのギャップを感じずにはいら
れません。つい先日も、知人の地方公務員に、「医者は給料がよくて、いい生活
ができていいよなぁ」と、面と向かっていわれることがありました。世間の多く
の人は、一昔前の羽振りの良かった頃の開業医と、現在の勤務医を同列に考えて
いるように感じます。勤務医の給料はもとより、夜間・休日の呼び出しの実態な
ど、理解されていないことが多すぎるように感じています。自分が勤務医として
働いての実感、とりわけレジデントの生活について、少しでも世間に知ってもら
いたいと思い、そこの部分にもかなりの紙幅を割きました。
▽▼▽放射線科治療部門に関しては、あまり知られていないかとも思いますが、
市中病院だと2−3人体制であり、病棟当直の割り振りもままならず、卒後20年
を過ぎても主治医が常にファーストコールという現状があります。がんのエン
ド・ステージの方も多く、夜中・週末も病院から離れられないことも少なくあり
ません。小児科・産婦人科・外科系など、ほかの多くの科では、さらに大変な状
況だと察します。
▽▼▽勤務医なら誰しも経験しているであろう、病棟からの無制限の呼び出しは
勿論、院内のメッセンジャー代わりの薬剤運びやカルテ運び、患者さんの搬送な
ど、多くの雑用が医者に押し付けられている現状を変えるには、世間にもっと勤
務医の実態を知ってもらう必要があると考えています。
▽▼▽私は、医者は医者にしかできないことをするべきであり、先ほど述べたよ
うな雑用をする時間を、患者さんを少しでもよくするための勉強をする時間にあ
てるべきだと思っています。そのためには、コメディカルを含めた人員増加や、
医療費増加を行うべきであると考えています。
▽▼▽少しでも日本の医療をよくするためにも、医者・患者は勿論、患者予備群
の全国民が出来ることをするべきだと思います。末端の一勤務医が訴えるには、
少々差し出がましいことではありますが、むしろ末端の人間だからこそ分かる現
場の実態を、自分の経験を具体的に挙げながら提起したつもりです。
▽▼▽不幸にも若くして癌になった私は、今回、勤務医の激務の実態を世間に対
して訴える機会を得ることができました。このような機会を与えてもらった私
は、勤務医の劣悪な労働環境を世間の多くの方に知らせる義務があると考えまし
た。日本の医療を少しでも良くするためには、まずは勤務医の過重労働を改善す
るべきであるとの主張を述べています。がん患者の心境及び勤務医の労働実態
を、広く知ってもらえればと考えております。
▽▼▽全国の勤務医の皆様に、少しでもご共感をいただければ、幸甚に存じま
す。(MRICインタビューより)
出版社からのコメント
東大放射線科治療部門に所属し、日夜がん患者さんの治療にあ
たっていた加藤大基医師は34歳の若さで肺癌患者になりました。
▽そんな加藤医師が、がん罹患と退職で時間ができたのを機に、立場が引っくり
返った時に見えてきた患者の思い、そして有限の命を再認識したがゆえに言って
おかねばならないと考えた医療界の現状について書き下ろしました。
▽そこに上司にあたる中川恵一東大病院放射線科准教授・緩和ケア診療部
長(毎日新聞にて『Dr.中川のがんを知る』好評連載中)が、医学的・制度的
な解説を加えました。がんを通して、日本の医療現場の問題点が浮き彫りにされ
ています。
▽専門家の闘病記としても、がんの簡単な教科書としても、さらに医療界に対す
る告発書としても読める意欲作です。
たっていた加藤大基医師は34歳の若さで肺癌患者になりました。
▽そんな加藤医師が、がん罹患と退職で時間ができたのを機に、立場が引っくり
返った時に見えてきた患者の思い、そして有限の命を再認識したがゆえに言って
おかねばならないと考えた医療界の現状について書き下ろしました。
▽そこに上司にあたる中川恵一東大病院放射線科准教授・緩和ケア診療部
長(毎日新聞にて『Dr.中川のがんを知る』好評連載中)が、医学的・制度的
な解説を加えました。がんを通して、日本の医療現場の問題点が浮き彫りにされ
ています。
▽専門家の闘病記としても、がんの簡単な教科書としても、さらに医療界に対す
る告発書としても読める意欲作です。
著者からのコメント
体感時間での人生の折り返し地点は20歳とも言われています。
仮にそうであるとすれば、今年36歳の私は、もはや人生の折り返し地点を過ぎて
いるのかもしれません。
しかし、このまま漫然と日常を送っていると、がんを克服したとしても、あっ
という間に人生が終わってしまうような気がします。
体感時間を少しでも長くするために、人生の密度を濃くする努力をせねばとの
思いを、がん罹患後は一層強くするようになりました。
大患を経験すると、喜びに対する「しきい値」が恐ろしく低くなります。単純
に生きているだけでもとても素晴らしいことなのだと。
人生の密度を濃くすることと、矛盾しているようですが、少しでも楽しんで人
生を終わりたいとの思いが根底にはあるという点では同じことだと思います。
現状に不平・不満ばかりを言っていては、勿体ないと感じるようになりまし
た。
このあたりのことも含めて、より多くのことを書いていますので、よろしけれ
ば見て下されば幸いです。
(加藤大基医師のロハス・メディカルブログより)
仮にそうであるとすれば、今年36歳の私は、もはや人生の折り返し地点を過ぎて
いるのかもしれません。
しかし、このまま漫然と日常を送っていると、がんを克服したとしても、あっ
という間に人生が終わってしまうような気がします。
体感時間を少しでも長くするために、人生の密度を濃くする努力をせねばとの
思いを、がん罹患後は一層強くするようになりました。
大患を経験すると、喜びに対する「しきい値」が恐ろしく低くなります。単純
に生きているだけでもとても素晴らしいことなのだと。
人生の密度を濃くすることと、矛盾しているようですが、少しでも楽しんで人
生を終わりたいとの思いが根底にはあるという点では同じことだと思います。
現状に不平・不満ばかりを言っていては、勿体ないと感じるようになりまし
た。
このあたりのことも含めて、より多くのことを書いていますので、よろしけれ
ば見て下されば幸いです。
(加藤大基医師のロハス・メディカルブログより)
カバーの折り返し
がん患者のこと分かっているつもりだったけれど。。。
でも勤務医の悲惨な生活、患者さんだって、きっと知らない。
著者について
加藤大基(かとう・だいき)
医師。1971年生まれ。東京大学医学部卒業。国立国際医療センター、癌研究会附
属病院、東大医学部附属病院などでがん患者の放射線治療に従事。06年4月肺
癌罹患が明らかになり、5月に手術を受ける。
医師。1971年生まれ。東京大学医学部卒業。国立国際医療センター、癌研究会附
属病院、東大医学部附属病院などでがん患者の放射線治療に従事。06年4月肺
癌罹患が明らかになり、5月に手術を受ける。
中川恵一(なかがわ・けいいち)
医師。1960年生まれ。東京大学医学部卒業。東大医学部附属病院放射線科准教
授・緩和ケア診療部長。『がんの教科書』(三省堂など、がんにまつわる著書多
数。
「朝日新聞」6月10日付朝刊読書面<話題の本棚>
(タイトル)医師の実像、もっと知ることは患者にも有用
(抜粋)流布したイメージが誤解・無理解、政策の不備に...
(抜粋)流布したイメージが誤解・無理解、政策の不備に...
「朝日新聞」6月9日付夕刊社会面
「医師」ならではの体験と、入院中に担当医の顔を見るだけでうれし
くなったという「患者」の気持ちの両方が...
くなったという「患者」の気持ちの両方が...