おおよそ関東大震災後から昭和60年頃までの“昭和の東京”の景色が、何らかの形で浮かび上がってくるエッセイ、ショートストーリーを集めたアンソロジー。「天」「地」「人」三分冊の、本書は最初の巻。編者あとがきによれば、<平らかな「地」の上で「人」の目線の高さで見るのではない、もうすこし上でなければ、もしくはもうすこし違う視点からでなければ見えないもの、空、舞台、スクリーン、ネオンやショーウィンド、あるいはすこしばかりよそゆきのお店、要するに、日常からちょっと爪先立ったあたりに浮んだ東京の破片を集めた>一冊です。
昔なつかしい、言うに言われぬ風情のある“昭和の東京”の町や通り、路地や店を、気の向くままに歩き、見て回っているような気がしました。今では失われてしまった風景が、でも、確かにあったんだと知る楽しさ、不思議に心が騒ぐ気持ち。静かに胸にしみてくる味わいがありましたねぇ。それにしても、“昭和の東京”にまつわるエッセイや小品を、よくここまで集めたもんだなあ。編者の博覧強記の尋常でないことがうかがわれて、本当に凄いです!
この「天」の巻には、「大道の上で」「見せ物・娯楽」「食べ物ばなし」「カフェ・飲み屋」「色街・赤線」「あの店この店」「博物誌」「お化け・夢」の大きく八つの部屋の中に、全部で七十四のエッセイ、小品が収められています。なかでも味があって気に入ったのは、色川武大の「月は東に陽は西に」(原本の『
怪しい来客簿 (文春文庫)』では、「月は東に日は西に」)、山田太一の「故郷の劇場」、中江良夫の「新宿ムーラン・ルージュ抄」、永井荷風の「虫の声」、内田百けんの「東京日記抄」、小沢信男の「鬼」。
本書を手にとったのは、過日読んだ北村 薫の『
自分だけの一冊―北村薫のアンソロジー教室 (新潮新書)』に名アンソロジーとして名前が挙がっていたから。“昭和の東京”にタイムスリップするような感じで、気ままな散歩を楽しむことができる、そんな一冊。