川本三郎は、「昭和20年代、30年代」にこだわる。
だがそれは、「少しぐらい不便でもいいじゃないか」ということではなく、
本人曰く、「ただのノスタルジー」なのである。
ノスタルジーと言うだけで、進歩を否定ししているかのように受け取られがちだが、
川本三郎は「進歩」のすべてを否定しているわけではない。
大げさに言うと、商業主義、効率優先主義に立ち向かっている。
その頑固さが、川本三郎の「かっこいい」ところだと私は思っている。
自分がダメだと思ったことは、何があっても「しない」。
これがなかなかむずかしい。しがらみもあるし、「しない」ことは案外不便だ。
だが川本三郎は「しない」ことにこだわる。
自分に禁止事項を設け、そこから出ない。
藤沢周平の世界にも通じるところがある。
人間としての誇りというか、強さというか……。
一歩間違うとただの頑迷なオヤジになるところなのだが、
川本三郎は、受け入れるべきものは受け入れる懐の深さも、「とりあえず」だが
持っている。
本書は、東京にまだ高層ビルなどない時代を探して、
路地裏に入り込むように東京の街を歩き、感じたことのエッセイである。
一人の人間の凜とした生き方を見ることは、
たとえ彼の生き方に否定的であろうとも、
決して意味のないことではあるまい。
なお本書には、軽々しい「横文字」はまったく使われていない。
それが文章の古さにつながるのではなく、清冽さを感じさせるのは、
それだけ川本三郎が何かを削って文章を書いているからだ。
「生きた化石」などと揶揄する前に、
「こういう生き方もアリなんだ」(という言い方は、川本三郎は絶対にしないが)
という思いで本書をひもとくのも悪くない。