ヒトは「ありふれた」ものを求め信じる生き物だと
ボクは思うのですが、落語だってお題を知って皆
聞いたり観たりするワケで。つまり、「ありふれた」物語をどう味付けするか
ってのが、大事だったりするワケです。
自分も大泉洋のスペシャルドラマ版を既に観ており
映画版は映画としての文脈で、どう語られるか非常に興味があった。
果たして、この映画
脚本、演出、演技陣とやはり期待通りのものを見せてくれた。
この独特のユル〜イ感覚はこのスタッフしか出せないだろうし、
この物語に一番必要なのはこの緩さなんじゃないか。
面白いのは、通常「泣ける」ポイントをいかにも
泣かせるために描くところを
「何がどうなってこうなった」ってこと含めて、省略してるところ。
つまり、「想像」の部分を完全に、こちらへ委ねているという
手法を敢えて取ってると思われるんです。
それは小説の行間から滲み出る
情感を読むのに似ている。
オトンの作る、不器用な作りの模型に主人公「ボク」が感動し
その後の「ボク」の人間形成にも繋がっていく、
この映画ってもしかして、イイ意味で
その「模型」のようなもの
なんじゃないかなって思います。
とても素晴らしい映画でした。
樹木希林とオダギリジョーはマジで素晴らしかった。