著者が東京で暮らした時期は日本の軍事的な大陸進出の意図が明らかになりつつあった時期である。外交官夫人として多忙な生活を送る上で日本に批判的な政治的議論にふれる機会は多かったに違いない。その反面、日本の庶民の生活はまだ多分に「東洋の島国」のものであって多くの神秘を残していた。本書で著者の意図したことは、知られるところの少ない日本人の生活ぶりを故郷英国の友人に伝えることにあった。
政治と関わりのない限り、著者の取り上げる話題は多岐にわたっている。彼女の表向きの交際範囲はブルジョワ上流階級に違いなく、何人かの召使にかしづかれる彼女の観点も上流のものである。しかし彼女の真の関心は西欧との接触に乏しい庶民階級の意識と生活である。その関心の深さ、観察の確かさ、ウイットに富む表現の巧みさは、時に首を傾げさせられることはあっても、読者を飽きさせることがない。私は時として清少納言の枕草子を思い浮かべたのであった。
著者は時おり都会人と田舎者を対比して観察しているが今ではこの両者の差異は存在するとしてもほとんど気づかれぬほどのものになってしまった。引用に値する多くの言葉がある。著者の観点を示すために一例をあげると、スポーツ好きであるという日英の共通点を指摘した後で次のように書いている。「世界中で日本ほどスポーツマン精神が浸透している国はありません。日本のテニス選手は、勝っても負けても見せる笑顔で欧米の観客を魅了しています。繊細な心の持ち主である日本人はスポーツを芸とみなしています。」全編にみなぎる好意に満ちた言葉の数々は著者の人柄をも示している。だから数少ない批判めいた指摘も批判とは思わないで読み過してしまうことになる。長寿を全うした著者がその後の日本についてどう考えたかを知りたくなる。