内容から読めば、核になっているのは、「動物化」の現実をそのまま認める東とそれを反省しなおす北田、ということになると思います。それは本書では「人間工学」といわれる現代社会が目指しているかのごとくである生活環境(快適、環境、安全の重視)への態度でもあります。郊外の「ジャスコ化」、「セキュリティ化」、「ディズニー化」を東は認め、北田は逡巡する。とはいえ、具体的な東京郊外の街並や出来事が俎上に上がっていて、二人のどの著作よりも読みやすい。そして、明らかに東の方が綿密で深く、ポストモダンをさらに進める議論をしていて、北田はかませ犬かと思うほどです(最後の章のすれ違い具合は圧巻です)。
状況から読めば、東がいうように「世代しか対立軸がない日本社会」を明確に意識した世代論です。同年生まれ、東京近郊育ち、東大と気持ち悪いぐらい近い二人。注などで取り上げられるのがほとんど上の世代であることからも、とても意識的なことがわかります。しかし、東のオタクぶりと北田の優等生ぶりは明らかで、優等生北田はいろんなところに目配りしすぎです。
基本的に同年代の私は東の議論に共感しますが、「人間的な多様性のある都市」は「ジャスコ化」「ディズニー化」「セキュリティ化」とは別のところで、たとえば趣味集団や職能集団のようなもので担保するという東の議論はあまりに偏っているような気もします。職能を持たない人はみんなジャスコへ行って満足なのでしょうか?だれもが一様に画一的に「動物化」する(している)のでしょうか?どうもこの「多様性」のオルタナティヴにはオタク空間が想定されているニオイがするのは私だけでしょうか?