少女が出会った少年は、世界を創造する救世主(プリンス)だった―。
まさにBoy meets Girl。フジTVノイタミネ枠にて羽海野チカ描くキュートな
味わいのキャラで攻殻SACの神山憲治が描くのは、そんな現代のファンタジー。
しかも9・11テロや日本の政治腐敗、米国主体の世界の覇権という、
今日的なリアル問題などもきっちりカヴァーしており、さらに
ノブレス携帯というヴィジュアル的にもストーリー的にも非常に
面白みのあるキーアイテムを軸に展開させるサヴァイバルゲーム。
そんなスリリングな物語を紡ぐ手腕に監督らしいこだわりを感じる。
しかし、あくまでストーリーの主眼を主人公の咲に置き、一旦(近い未来の)
現代女子大生である彼女の視点というフィルターを通すことで、見えない場所で
確かにどこかで変わりつつある世界の全体像をぼかし、そのリアルな曖昧さが
かえって不気味な水面下での胎動を感じさせる恐怖(スリル)を醸し出す。
それは咲含め、今という時代(とき)を生きる日本人そのものの平和の功罪。
対するもう一方の謎の主人公、滝沢が直面する真実は、ゲーム感覚で
ありながら死と隣り合わせの張り詰めた本物の現実。だが(TVシリーズ
物語終盤までついに明かされなかった)その生い立ち含め謎めいた、しかし
飄々としながら同時に真摯であり、人を思いやる素朴な心や勇気までも
さりげなく併せ持つ完璧な滝沢の存在は、常に咲の心を翻弄し続ける。
咲のみならず視聴者の心までも惹き付ける滝沢というキャラクター。
それはまるで人間存在そのものや、それ以上に世界そのものの
行く末を思いやる心そのままで、そういった包容力を抱いた行動力に、
この先行き不透明の曖昧模糊とした世界や時代そのものを導いていく
確かな何かを感じるから、彼という存在に魅力を感じるのかもしれない。
今秋公開予定の劇場版2作の展開や結末などを占いつつ、
今一度この「東のエデン」にてアニメーションがやろうとしている
ことの真実を、緻密かつユーモアまで含み、そこに描かれた
スタイリッシュな映像の向こうに透かしてみるのも一興だろう。
―誰かが突破口を開かなければ、新世界は訪れない。
それを実行する救世主(ヒーロー)は―。その責務を担うのは、
文字通り滝沢ならぬ、我々一人一人の内の誰かかもしれない。
そんなリアリズムあふれる予感が本作の魅力の一端を担っている。