「どうしたのデイジー」、「エメラルドの海賊」以来数十年、ドジ様の画風は変わりこそすれ、扱うテーマには、時代、国、文化を超えたところで、常に一貫性があるように感じます。
思いがけず恋を失っても、いつの間にか自分が罪を犯したことを知り、地獄をさまよっているような気持ちでも、ひとはシャンと上を向き前を向いて生きていく、それしかないんだという、「生きられるだけ一生懸命生きる」という姿勢のようなものが、ドジ様の作品を貫いているように思うのです。
しかしそのひたむきさゆえに、ついにひとの強さが尽きた時、ドジ様の主人公たちはわりと潔く自裁してしまいます。そこがまたたまらなくいとおしいところなんですが、この作品の場合はフランス革命中に、貴族のお姫様が「逃し屋」稼業の二人の青年に伴われイギリスに亡命するという筋書きで、そのお姫様が、実はみかけよりたくましい。
悲歌とは彼女が失恋した相手に送った「お別れの唄」のことなのですが、その歌を聞いた逃し屋の片方の青年が、「寂しさの極みの内容に共感できる」と言うのです。
青年のこのセリフは、誰でもが作り出せる表現ではないと想います。ドジ様ならではのこのセリフ、「寂しさの極みの内容に共感できる」・・・わたしはこのような体験をしたことがあったかな、と自分を振り返ったのでした。
そしてこの青年が、ある美少女に出会い「地獄にいる」ような心情から抜け出し、いきいきと自分の人生をあゆみ始めるのは、もう少し後のおはなしです。
この本を読んだ方は、やはり「杖と翼」本編と番外編(2)「赤い石」をお読みください。本編、番外編ともに生きる気力を与えてくれるシリーズですね。