2010年7月、村崎百郎が刺殺されたことで出版された書籍。
彼の文章と友人・知人へのインタビュー、彼より下の世代のライターの座談会などで構成。
「鬼畜のススメ」「電波系」は私も刊行されたときに読んだ。
今、再録された彼の文章を読むと、その過剰さに驚く。
偽悪的な文、アントナン・アルトーにささげた文、
それぞれがあふれんばかりの七転八倒する勢いで熱く語られている。
収録された座談会での彼より下の世代のライターたちの
村崎が唾棄すべきものとした“すかした”態度とまさに対照的である。
だが、その過剰さ、その熱が数多くはないが、
確実に日本で暮らす何人かを救ったことが寄稿者の言葉で証明されている。
座談会で語ったライターにはそれだけの力のある文章は書けるのだろうか?
人はその生きた時代においてしか考え、発言し、行動することはできない。
自分が生きている時代をその時点で超えることはできないのだ。
ただ、それを踏まえて未来、そして現在を考えて生きていくことが重要である。
そのことが、結果として同時代に生きる人、未来に生きる人に影響を与えることがある。
小杉英了という人が、シュタイナーと三島由紀夫を語るときにそんなことを書いていて、
私はその趣旨に感銘を受けた記憶がある。
人はその時代を超えて生きることはできない。
だが、その人の何かは時代を超えることはある。
そのことを思い出した。
90年代半ばから後半にかけて一気に注目された彼のことは
本書で語られているように
雑誌文化の黄昏期にあらわれた象徴的な存在といえるのかもしれない。
日本の文化史において忘れ去られてはいけない人物と
この本を読み、感じた。
思い切って★5個にする。
充実したレビューが並ぶ中におこがましいのですが、
読後に書いておかないと忘れてしまってはまずいと思い書きました。何か書かなくてはと。
勢いあまって載せさせてもらいます。論旨もちょっとぶれてるかも。
すみません。