村八分のギタリスト、山口冨士夫の新刊です。
この本を読むと、村八分というバンドは、アシッド・ドラッグと密接に関連していたことがよくわかります。
ドラッグによるカウンターカルチャーの時代を遠く過ぎた今ごろ、村八分の音楽がシラフの僕にビンビン来るのはなぜなんだろう?
ヴォーカルのチャー坊は死んでしまいましたが、少なくとも山口冨士夫という人の中で「村八分」はまだ存在し続けている。
村八分は音楽に限定されない、ある文化を、時代を捉えており、産み出そうとしていたのだと思います。
しかしロックバンドである以上、音楽面を取り仕切る山口冨士夫にとっては、離れなければならないものでもあり、それでいて自分の身体の中に生き続けるものなのだと思います。この辺の微妙な葛藤が描写されています。
中島らもの生前の書き下ろし小説も収録されています。村八分のことはたまにエッセイなどで書いていましたし、中島らものトークショーの楽屋に山口冨士夫が顔を出したり、らも追悼イベントに山口冨士夫が参加してたり、というのは知っていましたが、小説もあったとは知りませんでした。タイトルはずばり「ねたのよい」。
山口冨士夫は最近またライブ活動を始めたそうです。見てきた人によると「ゴキゲン」なライブだったそうです。
村八分は今も山口冨士夫の中にあります。
「SO WHAT?」に続く、僕のバイブルです。