心理学者の著者が文学作品について語るというと、心理学の理論をもとに作品を解釈することを想像するが、この本はまったく異なる視点から書かれている。
つまり、副題にあるように、村上春樹の作品を心理療法の中でクライエントが語る夢のように、つまり未知なるものとして捉えて、その未知の世界の中に自らが入っていって、内側からその意味について考えていこうという本なのである。
『1Q84』を軸とした個々の作品の丁寧な読みと、平易な言葉を使って展開される深い考察はとても新鮮で、読んでいて非常にわくわくさせられる。
さらにこの本のユニークな点は、村上春樹の世界‘について’論じているようでいて、実は村上春樹の世界‘を通して’見えてくる現代人の意識というのがもう一つの(実は主の)テーマになっているところである。その意味では文学論というよりは現代意識論と言えるのかもしれない。村上春樹の愛読者はもちろんのこと、必ずしもそうでなくても現代意識論として充分楽しめる本である。