内容紹介
前漢武帝の時代。やむなく匈奴に降った李陵、彼を弁護したために宮刑に処された歴史家・司馬遷、李陵の友人であくまで敵方に屈しなかった蘇武―――権力に翻弄されながら、〈生〉を意味あるものとするためのそれぞれの生き様を描いた「李陵」、己の自尊心のために人喰い虎になってしまった詩人の苦悩を綴った「山月記」ほか、〈自分とは、人間とは〉と問い続けながら、若くして世を去った著者の心の叫びが胸に響く、名作計三篇を収録。
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内容(「BOOK」データベースより)
中島敦は、幼時よりの漢学の教養と広範な読書から得た独自な近代的憂愁を加味して、知識人の宿命、孤独を唱えた作家で、三十四歳で歿した。彼の不幸な作家生活は太平洋戦争のさなかに重なり、疑惑と恐怖に陥った自我は、古伝説や歴史に人間関係の諸相を物語化しつつ、異常な緊張感をもって芸術の高貴性を現出させた。本書は中国の古典に取材した表題作ほか『名人伝』『弟子』を収録。
出版社からのコメント
捨てきれないプライドに悩んでいるあなたに。
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著者について
一九〇九年、東京市四谷区(現新宿区)の代々続く漢学者の家系に生まれる。東京帝国大学国文科を卒業後、横浜高等女学校で教鞭をとりながら、「狼疾記」「かめれおん日記」などを執筆。一九四一年に教師を辞め、南洋庁書記官としてパラオ島に赴任したが、持病の喘息をこじらせ帰国。「光と風と夢」が芥川賞候補になるも、ほとんど無名のまま三十三歳で逝去。死後、」その評価が高まった。
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著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
中島 敦
1909‐1942。東京に生れる。東京帝国大学国文科卒。横浜高女で教壇に立つ。宿痾の喘息と闘いながら習作を重ね、1934年、「虎狩」が雑誌の新人特集号の佳作に入る。’41年、南洋庁国語教科書編集書記としてパラオに赴任中「山月記」を収めた『古譚』を刊行、次いで「光と風と夢」が芥川賞候補となった。’42年、南洋庁を辞し、創作に専念しようとしたが、急逝。「弟子」「李陵」等の代表作の多くは死後に発表され、その格調高い芸術性が遅まきながら脚光を浴びた。享年33(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1909‐1942。東京に生れる。東京帝国大学国文科卒。横浜高女で教壇に立つ。宿痾の喘息と闘いながら習作を重ね、1934年、「虎狩」が雑誌の新人特集号の佳作に入る。’41年、南洋庁国語教科書編集書記としてパラオに赴任中「山月記」を収めた『古譚』を刊行、次いで「光と風と夢」が芥川賞候補となった。’42年、南洋庁を辞し、創作に専念しようとしたが、急逝。「弟子」「李陵」等の代表作の多くは死後に発表され、その格調高い芸術性が遅まきながら脚光を浴びた。享年33(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)