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6編全てが珠玉と言ってもよい出来栄えです。画数の多い漢字がやたらに多い文章にもかかわらず、一度読み出すとあっという間に読み切ってしまう面白さはモチーフとなる人物の躍動感と人間臭にあります。『弟子』では『論語』の堅苦しいイメージはなく、遊侠の徒だった子路の視点から、実学に富んだうえで理想を掲げて生きる孔子像が生き生きと描かれています。この孔子像は生身の人間が持つ生活感があり、それでいて尊敬の念を減じさせることがない素晴らしい描きぶりだと思います。
また、『山月記』は我が身を強く省みさせる一編です。人から虎に身になった主人公の李徴の独白に現れた欲とそれによる苦悩は胸を打ちます。単に浅ましい存在と李徴を断じることはできません。彼を虎たらしめた欲は私たちも抱えているものだからです。虎の身で再会した友人・袁慘(えんさん)に困窮した妻子への援助を頼む前に、虎の身では世に出せなかった自分の詩を託す気持ちは仕事で身を立てようとする人には多かれ少なかれ存在する心情ではないでしょうか。
私は文学研究家ではありませんが、中島敦の作品は登場人物の心情描写が的確でいて簡潔でありながら、それでいて人物ごとに異なる思考と行動を明確に、差異を付けて描き切っている点に強い魅力を感じます。ぜひ、手に取って頂きたい一冊です。
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