昭和天皇の后候補の最右翼であったにもかかわらず、なんの証拠もなく不妊症だからと李王朝の後継者に嫁ぐことが決定される。日本の皇族としては初めて外国の皇室との縁組である。ただし、自分の運命を知るのは新聞での発表を通じてであったので、事後承諾の最たるものである。それも山縣有朋らの隠れた意図は、李王朝の命脈を絶つことであった。
しかし、彼らの予測に反して結婚してすぐに妊娠し、それも男子誕生となる。
悲劇が再現される。里帰りで帰った朝鮮で毒殺されてしまう。犯人は朝鮮人の民族主義者によるものか日本人の謀略によるのか、真相は不明である。
日韓併合とともに李王朝は消滅し、夫も病気で死亡したが、日本に里戻りすることなく、李王朝の末裔として運命に準じて慈善事業に精魂打ち込んでいく。韓国国民からもその生き方は評価されて、一生を終える。あたかも自分の運命をもてあそんだ日本の政治家に自ら体を呈して抗議をしているようにみえる。