今や日系電気メーカーが束になっても敵わないサムスン。スマートフォン「ギャラクシーS」の登場により、ついにその実力は日本人消費者の手に触れるところとなったが、そんな時に日本語訳された本だからサムスンのことが書いてあるのか、と思い読んでみたがちょっと違った。著者は文芸人として、サムスン財閥を築き上げた李秉'浮ニ李健熙の人間物語に関心を寄せている。そしてサムスンというのは日本で言えば田中角栄とトヨタ自動車とソニーを束にしても上回るほどの影響力がありそれだけ韓国国民の愛憎を受ける存在だから、90年代後半以降の各種スキャンダルを中心にこの本でも底流にアンチサムスンの感情が流れている。純粋にビジネス書として読みたかったのだが、意外に韓国政治の一断面を見せられてしまった。
93年に李健熙は「女房と子供以外すべて変えろ」と号令し、安かろう悪かろうの量的経営から質的経営へと舵を切る。そこから20年弱、最初は半導体で、次には完成家電製品で目標にしていた(はずの)日系メーカーを追い越していく過程には自動車参入・撤退の以上のドラマがあったはずだが、そこは本書では語られない。ドラマチックな筆致には引き込まれるのだが、現代サムスン王国の影を語る5章までくると食傷気味になる。
「孤独な帝王」「血の通わない木鶏」という命題を証明したくて筆者は筆を進めるのだが、ちょっと中途半端だ。ノンフィクションではなく歴史小説のような筆者の主観世界としてで語ればよかったのではないか。