グラフィックデザインの世界で、杉浦康平の名前を知らない人はいないはずだ。現在の日本のグラフィックデザイン、特に日本語タイポグラフィの領域において、杉浦康平の影響を受けていないものは存在しないとさえ思う。この本はデザイン誌の編集者として杉浦康平の仕事を取材し続けてきた著者が、デビュー以来今日に至るまでの杉浦デザインの歩みと、その思想的な変遷などを紹介したコンパクトな本だ。新書という小さなスペースの中に、杉浦康平の膨大な仕事をなるべく数多く詰め込もうという欲張りな本でもある。
しかし新書という制約上図版の量に制限があり、本文中の言葉だけで紹介されているものが多すぎる。本来は言葉で説明できないものだからこそ図像の意義があるわけだが、図版が使えないという制約からとそれを言葉に還元してしまったのでは、図像によって成り立つデザインを紹介する価値は半減してしまう。この本は新書という体裁ではなく、もっと図版が多く使える「杉浦康平作品集」のような形で世に問い、この内容についてはその作品集の「解説」として図版ページに添えるべきものなのだ。しかし現在の出版状況の中では、ひとりのデザイナーの作品集をフルカラーで出版するという贅沢が許されないということなのだろう。
著者は『デザインが痩せ細って微温的になってしまった』と昨今のデザインを取り巻く状況を嘆くのだが、これは特に杉浦康平が活躍してきた出版業界が慢性的な不況に陥り、かつてのような贅沢が許されなくなってきたということが背景にある。書籍や活字の権威が低下し、出版や本を取り巻く環境が厳しくなってくれば、本や雑誌の体裁に手間やお金をかける余地はなくなってしまう。杉浦康平が長年にわたって手掛けてきた講談社現代新書のデザインも、今では単一フォーマットの没個性的なデザインに変わってしまった。出版社が次々潰れていく中で、杉浦康平が手掛けた本が増刷されて書店に並ぶ機会も減っている。僕がデザイン学校に通っていた20数年前は、書店で奇抜なデザインの本を手にとってデザイナーの名前を調べれば、その多くが杉浦康平の手掛けたものだったという時代がある。(平野甲賀の仕事も個性的で目立っていた。)しかし現在のデザイナーの卵たちは、杉浦康平の仕事を直接目にする機会が減っているはずなのだ。
杉浦康平のような突出したデザイナーが、今後再び日本に現れる可能性は少ないだろう。そういう意味でも、杉浦康平の仕事全体を俯瞰し、誰もがそのデザイン資産に触れられる機会を作ることは大切だ。この本はやがて編まれるべき「杉浦康平デザイン全集」への足がかりとなるべき仕事だと思う。