さあ下巻と言うわけで、読み始めると、かなり激しくトラップされてしまった。上流階級に入った異質物と周囲のそれに対する反応、歪んだ、しかし、ある意味純粋な愛の形、上流階級の没落、そして、下層出身者の大金持ちになっての帰還。名前に違わぬ「本格小説」というか、一昔前の小説の雰囲気を良く出している。
メインストーリーの部分の語り手の「冨美子」は、全体の狂言回しにもなっていて、話をスムーズに流している。それで居て、最後のチョットしたどんでん返しで、少々傍観的な位置から突然ストーリーの渦中になだれ込むことになる。本書のストーリーは3重に入れ子になっているのだが、一番外側の著者が一番内側の主人公とのつながりを語るし、一番内側の語り手が最後にストーリー自身の意味あいに大きな影響を与える事実が明らかにされるなど、きれいに作った仮想の階層構造に適当な揺らぎがある。この辺の構造も本書を面白くしている。
読んだ後、この話のどこからが虚構なのだろうと考え始めた。もちろん、小説なのだから、話が本当である必要はない。しかし、上巻の半分以上までは著者が私小説的に登場し、「東太郎」を登場させている。そして、著者の所を尋ねてきた「祐介」に、東太郎の子供時代を知る「冨美子」の話を語らせている。この構造が小説全体にリアリティーを与えている。そして、メインストーリーは明らかに彼女が最も好きな『嵐が丘』の強い影響を受けている。もし「東太郎」も「祐介」も全部フィクションだとするとどうだろう。それだけではリアリティーがなさ過ぎて、現代では小説として成立しえない物語を小説として成立させる道具立て全体を著者が構築したということになる。著者が小説家になったからにはどうしてもやりたかった『嵐が丘』を成立させるために。そう考えると、語り手が聞き手に語る動機がかなり薄弱に感じてくる。しかし、全体がフィクションだとしても、大変な構想力と筆力だと思う。
ま、小説なのだから、そんなことはどちらでも良いことで、久しぶりに「本格小説」を味わうことが出来たのは楽しい時間であった。大変お薦め。上巻読了時よりお薦め度アップ。