戦後、アメリカに渡って財をなした伝説の男、東太郎の数十年にも及ぶ悲恋の物語。一口に言ってしまえばこうなりますが、作者の知的なたくらみに満ちた、それでいてとびきり読みやすく、味わい深い稀有な小説。「堪能した」という言葉がぴったりの読後感です。
核になるのは太郎の物語ですが、そこに行き着くまでに、アメリカに渡ったばかりの太郎を知る美苗の話、のちに美苗の知らない太郎の歴史を運んでくる祐介の話、祐介が軽井沢で、核となる物語の語り手である冨美子、そして太郎本人と出会う話、と、まどろっこしくも扉が一枚一枚開かれるような過程があり、古い時代の日本の物語へと読者をゆっくりゆっくり運んでくれます。
核となる物語は夢中で読め、戦後の貧しさと富める人々の生活、その没落といった未知の世界がありありと浮かび上がって来ます。そして終盤には物語がくるりと転回するような瞬間が用意されており、また1ページ目から別の視点で読み返さざるを得なくなる・・・・そういう小説です。
先日の新聞である人が作者を「小説の女神」と称していましたが、その名にふさわしい書き手。時代ごとに、場所ごとに、そこに生きる人々の息遣いが聞こえてくるような文章を書き分ける才。さりげないのにこれ以外ないという各章のタイトル。魅了されました。
冬の夜長に、静かに静かにそして熱く読んでいただきたい物語です。