編集者の発案なのか、あざと過ぎるタイトルから連想されるどろどろとした恐怖や、いかにも挑発的な指摘を期待していたが、本を開くとあっさり裏切られた。代わりに、もっとぼんやりとして、紋切り型ではない、自己と他者の認識のずれにまつわるエピソードが淡々と語られていく。
珠玉は「本当の自分は実は自分の外に偏在している」という文章に代表される終章だ。正直、タイトルの印象が強かったこともあって、ここへ来るまでは少し物足りなかった。が、ここへ来て急に目を開かされるようになる。
※ちょっとネタばれ的なので、読みたい人はこの段落飛ばして下さい。
今では多くの著作を発表しているが、かつて筆者には自分の言いたいことをうまく言えないもどかしさに苦しんだ時期があったそうだ。日常暮らしていて出会う、はっとする、琴線に触れる鮮やかな出来事を、どうにか表したいと思いながらも的確に言葉にすることができず、思い悩んだという。そこで大学ノートに、他者が書いた文章の中で、自分の表現したい感覚にフィットする秀逸な言い回しを抜き出すことを始めた。とくに島尾敏雄の文章が多かったという。ある時そのノートを読み返していたら、そこにこそ「あるべき本当の自分」の姿があるとに気づいたということだ。
結果的に、この本を通じて自分にとって自分がなぜ貴重な存在であるのか、そして孤独なのかということが一挙にクリアになってしまった。
他のもっと精神科の含有量の多い著作も読んでいるが、基本的にこの人は精神科医でありながら分析者の高みに立たず、むしろ自分を患者と紙一重の同類と見なし、ただ一線を越えてしまっただけの相手を同じ目線の高さからじっと観察しているようなフシがある(一方で無作法者への常識的な苦言だとか、庶民的な感覚も混在しているが)。ともかく、なにか言いたい結論のために事例を開陳しているのではなく、その総体に漂う、なにか得体の知れないものを言い表したくて、乾いた筆致で一風変わった出来事や人物を淡々と語っているような印象だ。そのため物足りないと言えば物足りないこともあるが、読みながら同時にぼんやりと思いをめぐらせるゆとりがあるので、自分の考えをまとめる一助にもなってくれる。