『本屋風情』という題名は如何にも上品だが、本当は『出版屋気質(かたぎ)』とか『本屋稼業』とでもすべき内容を包含している。著者岡茂雄が回想する「斯学」(人類学、考古学、民俗学分野)の学者、文化人はあまりに多彩で、一癖も二癖もあり過ぎる人達であった。
和歌山の片田舎に隠棲した粘菌研究の南方熊楠や民話伝承研究の柳田国男は、ビッグネームに相応しい強烈な個性を放っている。南方熊楠の意外な筆まめぶり、著者との出版約束を反故にした柳田国男が見せる狼狽ぶりが面白い。内田魯庵や矢崎鎮四郎(嵯峨の屋御室)などの文化人の存在を知り得たことも大きな収穫であった。
恵まれない学究の徒への<陰助>を惜しまなかったという渋沢敬三の紳士的パトロンぶりや、友人内田魯庵の遺族を救済するために、長谷川如是閑が自身の作品を人質にしてまで、出版社と因縁のあった魯庵作品を現代日本文学全集に収録させたという<友情譚>には心打たれる。
耐乏刻苦のうえ軟部人類学を創始するも、論文発表がほとんどドイツ語でおこなわれたためにごく限られた人々しか知らない、世俗を超越した足立文太郎博士の大真面目かつユーモラスな言動には微苦笑を誘われてしまう。
弟子の不始末のせいで雑誌「野鳥」を発刊するものの、散々野鳥を捕獲し喰って来た非道ぶりを懺悔して見せる点は著者らしい。頼られたら厭とはいえない持ち前の義侠心と商売っ気に乏しい恬淡さが小さな出版会社を畳ませる結果に繋がったにせよ、自らの信念と矜持を貫いた<出版渡世人>たる著者にはそれさえも本望なことだったろう。