川本三郎と鈴木邦男、一見あまり接点があるとは思えない両者だが、方や「朝日」、方や「産経」の新聞記者上がりで、それぞれに“ある思想的事件”に関与し、社を追われた、実はかって同じ“経歴”を持つふたりが、自らの事件、生き様の変遷と、影響を受けた映画や本、思想、社会について語る。川本が「朝日」を解雇され、映画評論の道を歩み始めた頃の、自己の心情吐露と社会の落伍者たちへのシンパシー溢れる映画評に共感したり、武闘派右翼の一水会代表でありながら、著作「腹腹時計と狼」等で新左翼への理解を示した発言を繰り返していた鈴木に、当時興味を持った者にとっては、懐かしさも手伝って、一気に読む事が出来た。
どちらかと言えば、この企画を持込んだ鈴木がリードする形で対談は進んでいくが、タイトルにも謳われている70年代の話が、それぞれの幼少期であった50年代へと移行していくのが、ちょっと痛い。三島由紀夫や楯の会、山本義隆、滝田修と言った左右両陣営の伝説の人物たちの当時の逸話と今についても語られている。国家よりも街、個人。どんなにブザマであっても、かっこよく死ぬよりは生き続ける事が大事と言う川本。手段としてのテロ、暴力は肯定するが、潜行したり逃げ回ったりする左翼は卑怯、右翼はやった事に対して責任を取ると言う鈴木。両者の考えの違いはいかにも、と思えるが、映画「靖国」への言及や、天皇、言論テロに対する鈴木の発言は、相変わらずリベラルそのものだ。
そして、川本が語る70年代半ばからの10年間の活動家たちの喪失と再生の物語、是非読んでみたいと思う。