Kodakの規格である126フィルムを使用したインスタマチックカメラを主人公であるリチャード・ドレイファスがUFOを撮影するために構えるシーンがある。フィルムカートリッジを上下逆さに入れて苛立ちながらフィルムをカメラに詰める場面。そして…息子を宇宙人に連れ去られる悲劇のママを演じたメリンダ・ディロンはクライマックスシーンでどこからかセレン式単独露出計内蔵のローライB35を出してきてUFOを激写しようとこの西ドイツ製の写真機を構えます。さらにNikonやハッセル・ブラッド等のプロユース写真機が林立した自動撮影システムの隙間からKodak110フィルム仕様のポケットカメラを構えるとぼけたプロジェクトスタッフ。映画的にはローズマリーの赤ちゃん以降…日常的にカメラを携帯する眼鏡で出っ歯の日本人…てな小馬鹿にしたステレオタイプの日本人像があったけれど…本作『未知との遭遇』を久しぶりに観て認識を新たにしたのは…アメリカ人だってカメラ好きやんけ!!…これでした。アメリカ人だってカメラで写真を撮るのが好き。欧米人がカメラを持った日本人を嘲笑したのは…西洋人の偉大なる発明品である写真機を持つ洋服を着た東洋人という醜悪で滑稽なパロディな光景に対しての苛立ちからだと思います。だから高度な科学力を持つエイリアンにあんなアホな音楽会を開催させた上に素っ裸で登場させてアルカイックスマイル…文明人は欧米人で宇宙人は科学が進歩してるだけの裸の野蛮人という図式を作って安心してるように見えるわけです。実際、インド人なんて完全に未開の人々として扱われてましたよね。宇宙人と地球人とこれまたコテコテのフランス人を演じさせられたトリュフォーに謝れよなスピルバーグ