あやこさんのワークショップは出たこともあり、また最近はyoutubeやストリーミング配信で、体験していますが、どんどん進化してかろやかになってゆき、重たい観念・信念がんじがらめのわたしも、あっけらかんと楽になってきました。
特にこの「生老病死」の病いのテーマは地球上で古来から宗教が扱ってきた一番重いテーマだと思います。
わたしも十代からずっと考えてきたことなので、書きます。
これまでの(をあえて言うこともないのですが)やり方では、「あなたのネガティブなこれこれの考え方が病気の理由だから、これを何とかしてポジティブにしましょう」だったと思います。そして問題点をつきとめ、解消する。悔悟したり、かなりハードに瞑想したり自己改造したりしなければいけない印象。
アンフィニのメソッドでは、「すべては選択」。病気のようなものでも、実は「エクスタシー」として楽しんできた、本当のわたし。だからそれを選択することもまったく悪いことでも何でもなく、選択しているのも「つねに完全なわたし」。まずその軽やかさで、なーんだ、とすべてがうれしくゆるんできます。
そしてそれを外したければ、形にして重さと材質をイメージして、球体に変えて転がすだけ。
「問題として見てフォーカスしない」のですが、これは「見ないふり」とは全く違うし、「なかったことにする」のでもない。ここのところ、やっとわかってきました。ただ、中立なものだと見て、外したければ外す。手放す。悪いものを何とかする、というスタンスではなく。だからホ・オポノポノやセドナ・メソッドに近いですが、もっと徹底して、もっと自由な感じがします。
すべては「選択」。あなたにその力がある。それだけです。
そして「これこれがよくて、これこれはこうしましょう」という説得の姿勢はいっさいありません。バシャールの時代からそうですが、「すべては情報」。
自分が使いたければ使うだけ。こう思うと、ほんとうに細胞からゆるみます。(でも、こうすればいい、とかこれが重要とか、しがみつきたい自分もいますが、それも、好きでやっているんだなあ、と自分で見えてきました)
わたしは、これまでの宗教やいろいろなセミナーがもっていた〈判断〉(ジャッジメント)がいっさい消えてしまったこのメソッドを最高だと思います。みんなが自由でみんなが力がある。
体の不調に関してもまったく同じスタンス。軽い不調なら、かえって好きで持っていたい自分も見えていますが、外したいときにはいつでも外せます。
このDVDのなかのイメージ誘導は、選択する気力がない(笑)ときにも特に役立ちます。
このメソッド途上のわたしですが、もうこれからは、手を放して、すべてと一つである、つねに完全である自分を思い出す、この方法しかないと思います。