2007年ポーランド映画。近年老いや人生の終着を描いた映画が増えている気がするが、本作もその一つ。女性監督ドロタ・ケンジェ
ジャフスカと、発表当時なんと90歳(!)を超え今尚現役の女優ダヌタ・シャフラルスカ。二人が組み産み出した一老女のドラマは静かな
がらも終始程良い緊張感に貫かれ、先頃親しい者の旅立ちを相次いで見送った者として深い余韻が残った。
ワルシャワ郊外の森の中、亡き夫や息子達との想い出の詰まった古い一軒家に住む、91歳の孤独な老女アニェラと愛犬フィラ。本作
は彼女を訪ねる数少ない人々との交わり、そして彼女が人生の最期とある一大決断を遂げるまでの静かな推移を描く。
物語はほぼ全てアニェラの家内部と庭周辺で描かれ、際立った話の起伏も見られない。映像はアニェラの表情・動き一つを淡々かつ
克明に映す。ある程度老いや死を身近に感じられる年齢にならないと、感情移入しにくい作品ではあると思う。
まず見処として映像の美しさがある。映像技術が格段に進んだ現代に敢えて全篇モノクロ映像で通す創りは、時折見られるがやはり
特異。しかし色彩を廃したストイックかつ鮮明な映像はアニェラの老境の孤独を強く伝え、モノクロとする必然を感じさせる。他にも窓か
ら差す光が部屋や人物の顔を照らす際の美しさ、追想シーンの幻想的な演出等、女性監督らしい細やかな撮り方が素晴らしい。
冒頭「服を脱げ」と促す女医に激怒するアニェラからは、老いても尚女性としての尊厳を忘れない毅然さが伺えるが、毎日オペラグラス
を掲げご近所の人達のゴシップを楽しむかと思えば、ふと自分の行動をど忘れしふさぎ込む彼女の姿は、自らの老境の姿に置き換え感
情移入してしまう。少ない動きの中にアニェラの心情を深く滲ませるダヌタ、映像に深く刻まれた顔の皺も含め素敵な女優である。
アニェラの相棒、愛犬フィラの名演ぶりも見逃せない。アニェラの言葉にしゅんと縮こまったり、彼女を心配そうに見つめたりといちいち豊
かなフィラの表情が堪らなく愛おしく実に巧い。物語の中には敢えてアニェラを見つめるフィラの視点から彼女の行動・心情を推し量らせ
る部分もあり、この演出が最も光るあるシーンでは観る人の心を堪らなく締め付けることだろう。
物語終盤ある決断をした際やりきったと言わんばかりの清々しい表情で庭のブランコに大きく揺られるアニェラの姿には、心が震え涙が
流れる。死を迎えるまさにその瞬間まで、自らの意思で生を歩むことの尊さを教えられる作品だ。