伐採された木はそのままでは人の役には立たぬ。材にせねばならぬ。「木挽き」職人としての神髄は杢(工芸品としての木目:国字)の美しさを追求することである。また一方で売価を計算して挽き方を変えることである。
木は材になっても生きている。
生き物を生き物のまま扱うにはそのための合理主義が必要である。
著者の言葉は江戸から昭和初期の先達の、人(相棒・組織・顧客・詐欺師etc.)・木・道具についての驚くべき知恵に基づいている。著者は、その伝統に基づきながら今なおみずみずしい言葉で語る(その言葉は明治の学者が書斎で作ったようなぎすぎすした漢語などではない)。そして、目の前にある生き物を観察する。その産地(県)を当てるなどは序の口で、丸太の状態でまだ見ぬ杢を予測して挽くという透視術さながらの能力を持つ、まさに木の杜氏である。
世界最古の木造建築を持つこの国の、本物の匠が語る。
その技と現実世界を描き、その価値を伝える好著である。
(ちょっと)お金持ちのあなたと将来お金持ちになる予定のあなた-新築・改築時にダマされないためにもこの1冊。銘木趣味は十年がかり(なぜそうなるのかは読んで納得すべし)なので、今読む必要有りです。
そして図面やコンピュータだけを相手にしつづけ、実物観察力と考える力を失ってしまった「技術者」の必読書・頂門の一針でもあります。