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法隆寺最後の宮大工棟梁といわれる西岡常一が、1300年にわたる古建築の技と知恵を語った「天」の篇。それを受けて、18歳で西岡の門を叩き、3度追い返されながらもただひとりの弟子となった小川三夫が、技能を継承する側の視点から、師あるいは宮大工の未来を語ったものが本書だ。
西岡は、言葉や文字に頼らず、仕事を通して培った「手の記憶」を伝える古来よりの「徒弟制度」のなかで小川を育てていく。すべての指示が「簡潔だが、遠回し」で、「とにかく研ぎをやれ」という独得の修業だ。しかし、小川は夜も寝ないでひたすら道具を研ぎ続け、わずか1年で西岡に匹敵するほどの腕前になったという。徒弟制度には「個人対個人が持つよさがあり、木の癖を見抜き、それを生かす飛鳥の工人の心構えと同じものが弟子の教育にはたらいています」と小川は語る。2人の濃密な師弟関係のなかには、個々人の個性を見分け、じっくりと育てていくという教育の本来の姿が映し出されているのだ。
一方で、西岡のように寺社以外の仕事をいっさい請け負わないまま宮大工を続けていくことは困難と判断した小川は、「食える宮大工」を目指して新たな道を模索しはじめる。西岡の技と知恵を継承した唯一の弟子としての責任と、建材である檜(ひのき)や寺社建築の減少といった時代との戦いを双肩に抱えた小川の出した答えが、工人集団「鵤工舎(いかるがこうしゃ)」の設立だ。小川のもとに集った若者たちが、いかにして伝統の技を習得していったかは、彼ら19人へのインタビューで構成される「人」の篇で明らかとなる。(中島正敏)
内容(「BOOK」データベースより)
宮大工・西岡常一棟梁の門を叩き、三たび追い返されながらも、ついにただひとりの内弟子となった男が、法輪寺、薬師寺などでみずからの夢を実現させていく。
内容(「MARC」データベースより)
「大工は一本一本違った性質を持つ木を扱います。どれも同じ木はありません。それぞれの木の癖を読み、それを生かすのが仕事です…」。法隆寺の西岡棟梁のもとに弟子入りし、宮大工となった著者が木の命と心について語る。*
--このテキストは、
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版に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
小川 三夫
1947年栃木県生れ。’66年、栃木県立氏家高等学校卒業直後に西岡常一棟梁の門を叩くが断られる。飯山の仏壇屋、日御碕神社、酒垂神社で修業をした後、’69年に西岡棟梁の内弟子となる。法輪寺三重塔、薬師寺金堂、同西塔の再建に副棟梁として活躍。’77年、鵤工舎を設立。以後、国土安穏寺、国泰寺をはじめ全国各地の寺院の修理、改築、再建、新築の設計・施工・模型製作にあたる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1947年栃木県生れ。’66年、栃木県立氏家高等学校卒業直後に西岡常一棟梁の門を叩くが断られる。飯山の仏壇屋、日御碕神社、酒垂神社で修業をした後、’69年に西岡棟梁の内弟子となる。法輪寺三重塔、薬師寺金堂、同西塔の再建に副棟梁として活躍。’77年、鵤工舎を設立。以後、国土安穏寺、国泰寺をはじめ全国各地の寺院の修理、改築、再建、新築の設計・施工・模型製作にあたる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)