みんなが同じ考えでいることを称揚し,すべてを市場原理や競争原理で律することが幸せにつながるという社会観,努力しない人間や失敗した人間は社会的に不遇を被っても当然だとする人間観,一見すると当たり前で,誰もが納得しそうなこうした考え方に,著者ほど様々な素材を取り上げて,執拗に抗議の声を上げている思想家はいないかもしれません。
何か不幸な事態に見舞われたとき,その原因として誰か特定のものや人を標的にして,それを排除したり攻撃することで問題の解決を見たがる誘惑に,人間がどれほど染まりやすいかを,著者ほど雄弁に語る作家に出会ったことがありません。少なくとも浅学非才の小生は知る機会がありませんでした。
誤読をしているかも知れない恐れをいだきつつ,飽きもせず懲りもせず,著者の文章に触れながら,自らが陥りそうになる思考の陥穽に,絶えず警鐘を鳴らしてくれる機会に,この本でもまた出会うことができました。気持ちが萎えているときに,妙に勇気づけられる文体です。
日本には古来脈々と受け継がれた「『自分の外部にあるもの』によって支えられるという生き方が,あったはずです。著者は「『一人で生き,一人で運命と対峙し,一人で責任をとり,一人で問題を解決する』ことを強いられる状況」によって,人間が原子化され,多様性を失い,脆弱になっていく様を暴いています。「弱い酸のようにその人の生きる意欲をゆっくり蝕んでいく」ことを防ぐ,他者へのかかわり方を提唱しています。
さながら,思考の宝石箱といったかんじでしょうか。
「『仕事をする』というのは,『他者を目指して,パスを出す』という,ただそれ「だけ」のことである。私たちは,「自分のために」「自分に向けて」「自分に何かをもたらし来たすために」仕事をしているのではない」という文章が,今のお気に入りのアイテムです。