=以下は、有料メールマガジン「メディアウオッチ100」に投稿した原稿です。=
●32号【一冊の本】 2011年5月18日
友人の紹介で手に取った。人名索引10頁を含んで283頁。ずっしりと詰まった内容で、一度では理解しがたく、結果的に二度読んだ。知的な刺激に満ちている。益田豊彦の名が一ヶ所出てくる。豊彦の実家は私の生家の隣家なのでひそかに関心を寄せている人物だ。
帯には「侵略か、それとも進出か」とあるが、著者自身が「朝日の中国侵略の意図」(197頁)、「大陸全土への進出計画」(198頁)と書いているのだから、侵略・進出という用語の違いは問題ではない。むしろ「ホワイト・プロパガンダかブラック・プロパガンダかの差異」、そして「ブラックの方が質(たち)が悪い」(245頁)というところに著者の力点がある。
本書は昭和14年元旦に上海で創刊され、終戦を経て10月に廃刊されることになる「大陸新報」についての、『朝日新聞社史』の欠落を追及する。「大陸新報」の背後にあった朝日と軍部の結託。朝日はその姿を表面に現さない。著者が「ブラック」と言う所以だ。
「あとがき」にあるように、「四十五年にわたって蓄積したジャーナリズム文献、資料群」、「新聞メディア史研究の一つの総決算」であり、門外漢の筆者の知識の及ぶところではない。主要参考文献は膨大な数で、本文中の引用を見ても、よくここまで目を通したものだ、いやそもそもこういう文献に出会うことができたものだと驚くばかりである。マイクロフィルムで新聞を読む労苦だけでも並大抵ではなかろう。文中所々に引用、参照するそのしかたも、文献を読み込んで必要な個所個所に適確に割りふられているので、一書を組み立てる上での構想力、構成力、とぎれない集中力には感嘆せざるを得なかった。
「大陸新報」の値上げを朝日の重役会が審議している事実(191頁)は、著者が言う「朝日の都合に従う子会社」であることを確かに証明している。朝日新聞から転じた大陸新報理事長尾坂与市が中国新聞協会の筆頭理事となったことは、「朝日の中国侵略の意図を示すもの」(197頁)だと言う。「動かぬ証拠」(193頁)によって導かれた結論だ。そしてその尾坂も、著者によると「朝日の中国への野望に潰された犠牲者」(228頁)なのだった。
ただ、朝日新聞満州総局の敷地の広大さから、「(建物・社宅の)残りの広い敷地は印刷工場として予定していたのではあるまいか」、「『満州朝日新聞』の本社・工場として先行的な投資を行ったのであろう」(202頁)とたたみかけるところは推測に推測を重ねている観があり、他での緻密な論証と比べ違和感があった(ただし134頁以下が下敷きヵ)。
私個人の関心に引きつけて言えば、「『社史』は朝日や緒方が汪(兆銘)工作に反対であったと記しているが、神尾(茂)派遣からしてそれは疑問である」(149頁、「九 緒方竹虎と影佐禎昭」の章)という一文は、神尾の役割をさらに考えてみたいところだ。
なお「無学歴」(208頁)と「比較的高い正規の学歴」(209頁)というある種の価値観を含む対比は、それが事実としても、無前提に言われると私には気になる表現だった。
瑕瑾になるが文春をもってしても誤植は免れがたい。記案→起案(40頁)、『大陸新報』出す→「を」脱ヵ(47頁)、一買→一貫(199頁)、圧っした→「っ」衍ヵ(249頁)、行ったた→「た」衍(250頁)。他に75頁表2の出典表記「1933年」は「43年」の誤りかと思われる。ただし、以上は私の不勉強を認めた上でのことである。
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