1921年9月28日、無名の青年であった朝日平吾は、安田財閥の創始者たる安田善次郎を殺害し、その刃を翻して自死した。政治思想史家の橋川文三によると、その後の「昭和維新」に連なる予兆とされる事件である。
人間は自己の存在を如何にして何によって支えるのか。
時流に乗ることに何の違和感も抱かずにいられる人間であるならば、その時流が差し出してくれる模造品の時空間の中に我が身を預けてしまうだけで済んでしまう話だろう。
それとは別に、妙に内省的な人間、というのがいる。俗世と自己との間に隔絶を覚える人間だ。彼/彼女が、うまい具合に俗世の中で位置を得られれば、――たとえばこの著者のように――学者か文学者か芸術家にでもなるのだろう。しかし、自己の実存的苦悩に何らかの形を与えることができずにいる者は如何せん。外部との関係がどうであれ自己の内的価値によって吊り支えられる生、というのもあるだろう。しかし、人間みな必ずしもそこまで強くはない。情愛で直接的に結びついた他者の存在によって支えられる生、というのもあるだろう。しかし、人間みな必ずしもそのような相手に出逢えるほど幸運というわけでもない。実存の孤独な苦悶は、遍在している。
著者は朝日の鬱屈を現代の若者にも見る。それは的外れではないだろう。著者は、支配層に対する朝日の暴力に同調的だった当時の風潮が更なる凶行を呼び起こしては、結果的にそれを鎮圧すべく国家暴力の肥大化を招いてしまった顛末を指摘し、「私は、現代日本社会でテロは起きてほしくない」と述べて、「社会的包摂」「地域社会の相互扶助」を云々する。
しかし、こんな"社会的"な言辞、現に実存的苦闘の只中にいる当の人間の耳に届くことは、決してないだろう。"社会秩序の安定"なんぞ、他人事にしか過ぎない。それは実存にとっては、どうでもいいことなのだ。