昭和8年5月入隊の現場たたき上げの准士官爆撃機パイロットの著書です。
昭和18年3月にラバウルに赴任して19年2月にラバウルを撤退するまでの
ラバルウル戦が主に描かれています。
2つの面で素晴らしい戦記です。
1つ目は、戦争当時に感じたまま、信じたままを忠実に書いていることです。
戦後知り得たであろうことや、戦後の視点が混じっておらず、
当時聞かされていた戦況や信じていたことを、そのまま忠実に記録しています。
当時兵士は何を思い、何を感じていたかが手にとるようにわかります。
2つ目は、爆撃機編隊の指揮官の戦記であるため、攻撃目的や目標、敵情などが
明確に記載されていることです。
迎撃や護衛で出動する戦闘機にくらべ、爆撃機は、目標や目的、敵の動向、
戦果などの状況を、詳細に知らされます。
そのうえ、戦闘機の護衛なしの夜間爆撃、空輸、司令部要員の送迎など
全ての戦闘行為にかかわっていますので、戦闘の状況全般がよくわかります。
当時指示された爆撃の経緯/目標/目的と、爆撃後の戦果/被害から、
ラバウルがどのように消耗していったのか、日々の経緯がリアルにわかります。
後付の視点や戦後知った事実などは交えず、歴史的な真実ではなく、当時信じて
いたことをそのまま書いた文章は、戦後を見ることなく死んでいった兵士たち
録音のようでもあります。
150機の部隊の半数が2か月で消えてしまう消耗戦に、積極的に身を投じてゆく兵士の、
命に代えても国を守り助けたいという純粋な真情が、伝わってきます。
火事の我が家に取り残された子供を救出しに火の中に飛びこむ親のような、
理屈や計算も功名心もない純粋な心境が、当時の感覚そのままの事実を克明に
記録した戦記からビシビシ伝わってくる感動の名作です。
当時の爆撃機運用実態も、よくわかります。
当時の日記を元に書かれているので、日付、出撃機数、戦果、被害なども具体的数値
とともに記載されています。
熟練パイロット不足で、夜間飛行可能機が2〜3機しか確保できなかったこと、
並のパイロットも不足で副操縦無しの5人編成で飛行していたこと、
機内要員の呼吸が合わないと3500mの高度から爆撃して350mも誤差がでてしまうこと、
敵機の銃撃により後部機銃手が機上戦死が多発すること、
などの爆撃機の実態が、戦闘の記録を読んでゆくと次々にわかります。
爆撃機の操縦も、戦闘機操縦以上に熟練を要するものであることに驚きました。
爆弾の命中率を高めるために、速度、高度を一定に保ち傾きなく飛行することは、
一本橋の上を自転車で進むような熟練が必要なようです。
(蛇足)
他の戦記に出てくるカビエンのカフェやオーナーの高桑氏の話、
爆撃に来た敵機を地上から25mm機銃で銃撃し滑走路で死んだ兵士の話など、
共通点も多く、
奇蹟の飛行艇(光人社NF文庫)なども併せて読むと
南方の空戦の様子が鮮明になります。