紫式部を探偵役にすえた『千年の黙』のシリーズ最新作。探偵役と書きましたが、殺人など日常をおびやかす突発事件があって、それを解くというのではなく、権謀術数うずまく内裏の中のあれこれの人生の機微を、作家の目で見つめ、解いてゆく、(そして物語に仕立てる)と言ったほうが近いかもしれません。
なによりも本書は、作者自身があとがきで書いているように、『源氏物語』メイキングです。当時の宮廷の女房たちのあいだの大人気連載小説のようなものですから、「次はどうなるの?」「こういう話があるけれど、ネタにならない?」「年立て(年表)を作ってみたけれど、ここが矛盾では?」と熱心な文学女房たちが言ってくる、その感想を受けて、式部がまた想を練ったり、物語中の人物について考えこんだり。和歌の達人、和泉式部も書写にひと役買い、宮廷では物語を中心としたサロンができています。
作者と読者の、この双方向的なやりとりの面白さ。文学とは、実人生と虚構の、密接な応答とからみあいによってできているのだなあ、と感じます。
ストーリーですが、最初の物語の続きとして、本書は『玉鬘』や『若菜』の巻がどんなふうに成立していったかを伝えてくれます。自分を光源氏に擬してしまうほど権力の頂点にいた道長が、筑紫から呼び寄せた姪にあたる瑠璃姫に対して抱く傲慢な欲望を、式部は「玉鬘」の巻として書くことで、彼をあおったり、また牽制したりし、けっきょく姫君はぶじ逃げ出しますが、その顛末は『源氏物語』の別の箇所のくだりをとっさに思い出してまねした元子女御の機転によって成功します。
物語ははかないようでいて、ほんとうは人生が物語を模倣してゆくのかもしれない。
式部の愛読者である道長は、宮廷の政治を、天子の譲位から次の東宮の選出まで一手に牛耳っていますが、その彼が、彼女の書く物語に翻弄されたり、自己を省みたり。
人生が物語を生み、物語が人生を導く。虚実がひとつになって織りなす人生の深さが伝わってきます。
式部の見聞きする範囲(つまり女性読者に興味のある範囲)での歴史や政治、時代事情のからませかたもうまく、『源氏物語』とは、ほんとうにこうやってできていったのだろうなあ、と、そのこと自体、大きなミステリの種明かしを見せてもらったような気がします。
このシリーズはいわば『源氏物語』の優れたコクのある「二次創作」として、『源氏』好きには自信をもってお勧めできます。またしばしば幼い童の視点が導入されているのも、風通しがよく、児童文学の味わいもあります。
ページを開いてこの世界に入ったら、その体温のようなぬくもりの心地よさに、読み終わるまで抜け出せなくなるかもしれません。