確かに氏の従来主張のリピートである部分は多いが、情熱的に語る氏の口吻そのままの本書は、また別の魅力を発散して止まない。どれから読んでも、そのテーマについて深く考えさせられる6講演を収録。
「こっちに受けとる技量があるかどうかなんて二の次で、とにかくそこに誰かがいたら「パス」を出す」(90頁)。
「ざっくり言ってしまうと、今の自民党は福田派、今の民主党は田中派が作っている政党なんです。かつての二代派閥が二大政党にかたちを変えたんです」(118頁)。
「中国で言うと、福田派が'ケ小平、田中派が毛沢東の路線に近い」(119頁)。
「「みんなのための学校」というのは、「ここにいるのは、あなたでなくてもいいのだ」ということを告げている学校でもあるわけだからです」(183頁)。
「旗印を掲げるということは、「選ばれないリスク」を引き受けるということなんです」(186頁)。
「同一の論点でこれだけ多くの問題が同時多発的に起きているということは、個別的なエラーや手違いではなく、いわば地殻変動的な巨大な制度劣化が私たちの足元で起きているということです」(193頁)。
「問題なのは、その六歳児のモノサシで世界中の価値がすべて計れると思っていることです」(215頁)。
「子どもに四書五経の素読なんかさせたって、学問的有用性はまったくないんです。では、いったい何を教えているのかというと、「子どもには理解できないような価値が世界には存在する」ということそれ自体を教えているわけです」(216〜7頁)。
「子どもは葛藤のうちにあるときに成長するんです。・・・ 成熟とは、矛盾にひき裂かれて、その矛盾に耐えて生きるという経験を経由することでしか獲得できないのです」(234頁)。
なお、最後の「日本人はなぜユダヤ人に関心をもつのか」は、日本における「日猶同祖論」の流布に仮託して氏の学問そして人生の来歴を語って読ませる一稿である。