帝国陸海軍人のメモワールを次々と発掘し、現代の秘史を明かす著者。最後の戦犯・西村琢磨を看取った教誨師が、死刑判決から執行までの1年間、その一部始終を書き残した記録を元に、戦中および戦後囚人となった西村の足跡を追う。
西村は第二次大戦開戦後、近衛師団長として山下奉文率いる第25軍隷下でマレー・シンガポール攻略に参加し戦功を挙げるが、山下とそりが合わず、攻略に参加した3師団で唯一軍司令官感状を受け取れなかった上、シンガポール戦後予備役に編入される。にもかかわらず、命令もしていないシンガポールの華人虐殺の責を山下と共に問われ、西村はそれに加え、マレー戦中のあいまいな目撃証言による「虐殺事件」の罪で、パプアニューギニアの裁判所へ連行される。いわゆる「勝者の裁き」だ。「イエスかノーか」の屈辱を晴らすために英豪軍は、米軍に取られた「マレーの虎」山下の代わりに、「セカンドタイガー」と呼ばれた西村の命も欲した。
容疑事実がそもそもあったかどうかも分からない。あっても処刑現場にいた部下の処断であって、西村は無罪としか思えない。それでも西村は「部下に責任はない」と、従容として死を受け入れる。西村は、その命と引き替えに英豪の復讐心を鎮め、戦犯処刑を終わらせた。せめて私は、日本の礎となる名誉の死だったと思いたい。それにしても、第25軍で師団長だった牟田口廉也や、虐殺命令を出した参謀の辻政信は不問とされたのに比べると、6年間も命をもてあそばれた上、処刑された西村の運命は余りに過酷だ。牟田口や辻が代わりに吊されれば、どんなに良かったことか。