自分は著者とほぼ完全な同年代なので、子供の頃から続く宮崎駿の作品との付き合い方において背景が似ている。それ故この論評には自分の経験と照らしても、しっくり来る部分が多かった。宮崎アニメは、身の回りに溢れている「もの」や「労働」など、それらが存在する「風景」を含めてしっかり描写していること。普段は無意識に葬られてしまう現実感をアニメーションを通して強調しているという指摘。われわれ現代人はそういった現実感を失っているが故に、宮崎アニメに拠り所を見つけてしまうのだろうか。自分が宮崎駿の作品に感じていたのに表現することのできなかった部分が何なのか、すっきりと言葉にして語ってくれた感じだ。
基本的には、宮崎のインタビューや発言、生い立ちなどから、著者が論考した作品。ただ、どちらかといえばアカデミックな雰囲気の作品のせいか、後半に思想的な意味の「右」や「左」の立場を無理やり絡めたりしてしまったのは余分だと感じる。右を友愛とし、左を正義と捉え単純に二極化してしまうなど、強引過ぎる。昭和という時代に育てられた宮崎を語る上で外せない概念なのは解るが、いわゆる「ジャパニメーション」批判にまでこじつける必要があったのか。単純に数だけ見れば、世界では著者が批判する性や暴力が明け透けに描かれるジャパニメーションの方が宮崎アニメより多くの人に親しまれているという「現実」はどう解釈すべきなのだろう。
他の宮崎駿論に一般的に精通していないので、他の類似本との比較は出来ないが、読み易い文体と、宮崎駿の発言などが簡潔にまとまっているので面白い。しかし、文学作品的には楽しめるが、日本人のブランド指向やマーケティングの役割など、そういった観点からの分析が何もないので、少々物足りない。そして、宮崎駿の特異性を語る上で、殆どアニメの枠から外れなかった部分も物足りない。同時期に爆発的な人気を誇ったファミコンのゲーマーなどは宮崎アニメを支持する人間とも重なるので、現実感とバーチャル感覚を同時に楽しめているはずではないのか。そういう方向からの分析もあるべきだと感じた。