苦学して、エール大学に留学し、日本の封建制と西欧のとを比較する専門から、日本の「順応」風土の弊害に気付き、米国側から戦前の日本を諫め続けた朝川貫一氏の話です。
小生の印象に残った点は以下です。
・米国や時代が、日本の愛国/独善的なアジア侵略をどのように見ているかを日本に送り、反省を求め続けた努力。
・日本側の徳富蘇峰などが伝統側(ファシズム側)に付いて開戦詔書を作る中、逆に米国大統領に日本に戦争を思いとどまらせるべく天皇への親書を書かせようとした努力。
大統領が天皇に親書を送った(ただし、開戦前日の12/7に)という事実は、初めて知りました。朝川貫一の学者として筋の通った態度は、米国からも尊敬され、強制収容所に入れられることもありませんでした。戦後、やはり「大勢順応主義」は変わらず、「自分で考えて、責任を取っていく、自治の基本」をしない日本に警告を出し続けたことも、まっとうだったと思いました。