内容(「BOOK」データベースより)
戦前から戦後にかけて大量の日本語の書物がアメリカに渡った。これらの本は、誰が、なぜ、どういう経路で入手し、どのように使われたのか。「リテラシー史」という問題意識から日本語蔵書の軌跡を追いかけ、日系人捕虜収容所、米軍日本語学校、占領下の日本語図書購入、困難な目録化など、書物をめぐる人と場所の関係に新たな領域を切り開く力作。
出版社からのコメント
戦前から戦中・戦後にかけて、大量の日本語の書物がアメリカに
渡りました。それらはどういう経路をへて、今ある場所にたどり着いたのでしょ
うか。その移入を担ったのはどういう人だったのでしょうか。彼らの日本語リテ
ラシー(読み書き能力)はどのようにして獲得されたのでしょうか。このような
問題意識から、多くのアメリカの大学や図書館に足を運び、多くの人々への聞取
りから、書物をめぐる人々の記憶を掘り起こします。日米開戦、日系人捕虜収容
所、米軍日本語学校、占領下の日本語図書購入、困難な目録化、収蔵と電子化の
問題などの目眩く新事実の発掘の上に「リテラシー史」という、書物と読書をめ
ぐる新分野の魅力と可能性を実感させる力作。
渡りました。それらはどういう経路をへて、今ある場所にたどり着いたのでしょ
うか。その移入を担ったのはどういう人だったのでしょうか。彼らの日本語リテ
ラシー(読み書き能力)はどのようにして獲得されたのでしょうか。このような
問題意識から、多くのアメリカの大学や図書館に足を運び、多くの人々への聞取
りから、書物をめぐる人々の記憶を掘り起こします。日米開戦、日系人捕虜収容
所、米軍日本語学校、占領下の日本語図書購入、困難な目録化、収蔵と電子化の
問題などの目眩く新事実の発掘の上に「リテラシー史」という、書物と読書をめ
ぐる新分野の魅力と可能性を実感させる力作。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
和田 敦彦
1965年、高知県生まれ。1994年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1996年、信州大学人文学部助教授(2007年3月より早稲田大学教育学部に移行)。2005年3月から翌年1月にかけて、コロンビア大学客員研究員。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1965年、高知県生まれ。1994年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1996年、信州大学人文学部助教授(2007年3月より早稲田大学教育学部に移行)。2005年3月から翌年1月にかけて、コロンビア大学客員研究員。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
本書は、日本語の書物が、いつ、どのようにしてアメリカ合衆国に流
れていったのかを歴史的に追ってゆくことになる。現在、米議会図書館には約一
一五万点の日本語図書があるが、それ以外にも大規模な日本語蔵書を抱える
大学図書館は少なくない。こうした蔵書ができてくる背景には、それぞれの大学
がかかえる戦前からのさまざまな歴史があり、かかわってきた多くの組織があ
り、日本の書物が引き起こす多様な問題の歴史がある。誰が、どうやって日本
の図書を探すのか、難しい日本の著者名をどう読むのか、どう表記するのか。そ
もそもそのようなやっかいな言語をあつかうスタッフをどうやって育てるのか。
その予算はどこが、どういう目的で提供してくれるのか。一言でいえばアメリカ
国内で、いかに日本語蔵書ができてきたのか、という歴史を追うこととな
る。(「序章」より)
れていったのかを歴史的に追ってゆくことになる。現在、米議会図書館には約一
一五万点の日本語図書があるが、それ以外にも大規模な日本語蔵書を抱える
大学図書館は少なくない。こうした蔵書ができてくる背景には、それぞれの大学
がかかえる戦前からのさまざまな歴史があり、かかわってきた多くの組織があ
り、日本の書物が引き起こす多様な問題の歴史がある。誰が、どうやって日本
の図書を探すのか、難しい日本の著者名をどう読むのか、どう表記するのか。そ
もそもそのようなやっかいな言語をあつかうスタッフをどうやって育てるのか。
その予算はどこが、どういう目的で提供してくれるのか。一言でいえばアメリカ
国内で、いかに日本語蔵書ができてきたのか、という歴史を追うこととな
る。(「序章」より)