米国について解剖してますが、もちろん、訳者も語っているように、
これは、グローバル資本主義のことを意味しているので、程度の差こそ
あれ、ニューエコノミーに追随した日本の社会経済制度も、もちろん
本書で明らかにされる矛盾は当てはまるでしょう。
ただし、本書の枠組みである「民主主義や政治的意思決定をも侵食する
超資本主義」というフレークワークから言えば、日本の民主主義は
そもそも、文字通り、欧米型の民主主義ではないので、その辺は
勘案して再検証する必要はあるのでしょう。
しかし、大枠では、ライシュが用いている分析ツールはよく当てはまると
思われます。曰く、「黄金時代」のようなものは、おそらくは、そのまま
日本の高度経済成長期の企業や雇用、従業員、消費者たる我々(や両親の世代)
に当てはまる、今から見れば牧歌的工業化社会制度であるわけで、
その後段を引き継ぐ、何もかもが「創造的破壊」が巻き起こる、(企業に
とっては)果てしない競争と革新のプレッシャ、個人や家計にとっては、
失業や収入激減の恐怖におびえる暮らし、という、臨まない「激動の時代」を
迎えてしまったわけで、これは、まさしく今日の日本政治経済社会の姿です。
この課題を克服するための提言や企業とCSRで描かれている、主に
偽善的企業の社会貢献や、ワシントンや中国でも繰り広げられるロビー活動は
米国的にも読みとれますが、しかし、どの国でも同じような課題とも言えます。
つまり、超資本主義は世界資本主義でもあり、少なくとも、自由民主国家では
この怪物、暴走する資本主義によって、国民と経済と政治は、かなりねじれて
引き裂かれている。そういう意味では、ライシュの分析ツールと、彼のジャーナリズム
は、結構、強力です。前著『勝者の代償』とともに、グローバル資本主義暴走を
見事に描いた名著と言っていいのではないでしょうか。
なお、勝間氏のあとがきは不要。本文を読み終えて、ページをめくった
ときには、びっくりした。訳者のあとがきがよくできているので、
こっちはいらないでしょうに。