当時のライブ定番であった「ラメント」、「グレート・ディシーバー」、「ナイト・ウォッチ」を含んでいることで有名な作品ですが、「太陽と戦慄」と「レッド」の間に挟まれているせいか、地味に見られがちな作品です。
しかし・・・この作品こそ、後期クリムゾンの最高到達地点に位置する作品です!
とは言え、リスナーがクリムゾンに何を期待するかで、評価が変わってしまう作品であることは否めませんが・・・。
私が痛感するのは、ロバート・フリップ、デヴィッド・クロス、ジョン・ウェットン、ビル・ブルッフォードの四人が繰り出す、むき出しの、確乎たる「自立した演奏性」です。この作品の水準は、単に演奏に凄い迫力があるとか、複雑な楽曲を上手くこなしているとか、というプログレッシブ・ロックの標準をも、遥かに超えています。
四人が最低限の約束ごとを守りながら、強靭かつダイナミックに、また絹の糸のようにしなやかに、微分的に変化あるいは対話、拒絶しながら、誰もが何かにおもねることなく、自発、能動的かつ創造的に、また何かを「演奏する」のではなく、解体・構築してく様はまさに圧巻です!
これは、彼らが音楽家として、また芸術家として、非常に高いレベルにあったからこその成果でしょう。ここで私達が聴くことが出来るのは、実験ともジャム・セッションともジャズにおける即興演奏とも異なる地平線上のパフォーマンスです。ロックのカテゴリーの中で、たぶんここまで「いった」のは、この時期のキングクリムゾンか、ある時期のソフトマシーンぐらいでしょうか。
後期クリムゾンで、ロバート・フリップが目指した、ライブにおける魔術的リアリズムの究極の姿がここにあると、私は確信する次第です。
「太陽」と「赤」は聴いたが、この「暗黒」の方はまだ、と言う方には、是非ともおすすめします。