謎の失踪をした恋人 “かれ” の行方を探す物語りです。
そしてこの物語りは2人称である『 “あなた”=主人公 』を軸として語られ展開されていきます。
鎌倉駅で光明寺行きのバスを待つ“あなた”の描写から本書は始まります。
物語の舞台はオーネット・コールマン(サックス)+ドン・チェリー(トランペット)の、『心を引き裂かれるような旋律』が印象的な「哀しい女」の流れる1960年代の新宿のジャズ喫茶、そして当時の吉祥寺や古都鎌倉、京都を舞台に展開していきます。全編に筆者自身の偏愛なのだろうか、モダン・ジャズやフランス文学、ギリシャ神話からの引用などが60年代の光景と渾然一体となります。そしてノスタルジッックな「どこにもない60年代」の淡いフィルムを見ているような気分にさせてくれることでしょう。
物語りの根底に流れる“あなた”の『底知れぬ不安』と、時には読者でさえも標的となってしまう“著者独特のペシミズム”、それらを覆い包む今にも流れてきそうなモダン・ジャズの描写が印象的です。
「小説とは上手な嘘をつくこと、そしてつかれることを心から楽しむこと・・・」それが作者の意図とするところならば、「外国小説の模倣」と言われることすら計算ずくであったのか?、或いはそんなことを言う人間は蔑(さげす)むにも値しないのか?・・・・・
私は、旧かな使いの本書を繰り返し何度も何度も読みました。そして後にアール・ヌーボーやアール・デコを愛でるようになりフランス文学、モダン・ジャズに傾倒し心酔するようになりました。本書に出会い、本書の世界に浸ったことが始まりでした。