大変な好著である。太平洋戦争に於いて、攻勢を続ける日本軍の初の戦略的頓挫となったポートモレスビー(MO)攻略作戦の中止。その直接の原因となった珊瑚海海戦について、本書は恐らく今まで書かれた中で最も詳細であり、綿密な取材と資料に裏打ちされた素晴らしい内容を持つ。
一般にはこの海戦の一月後のミッドウェー海戦で、南雲機動部隊の正規空母四隻喪失の衝撃が余りにも大きいため、僅差での勝利の珊瑚海海戦はあまり注目されてこなかった。ところが本書を読めば、史上初の空母対空母の本海戦が、余りにも多くの戦訓を孕んでいた事に気付かされる。珊瑚海海戦では、戦略並びに指揮系統の不統一、薄暮攻撃など無理な戦力運用、索敵の不徹底、敵情分析の楽観、味方戦力の集中不足、味方戦果の過大評価、被弾した空母の脆弱性の問題等々、数え挙げればきりがないほど沢山の貴重な戦訓を得た。機動部隊間の戦闘様式の多様性・困難性という大きな犠牲を払って得たこれらの経験は、残念ながら日本海軍は続くミッドウェー海戦以降の戦いに十分に活かすことが出来なかった。
特にその戦訓は、高橋赫一少佐をはじめとする貴重な搭乗員の血で贖ったのに拘わらず、である。
日本の国民性なのだろうか。攻める側に立てば圧倒的に強いが、一度守勢にまわれば退嬰的になり、強固な忍耐と長期的な意志が必要な持久戦を苦手とし、いよいよ窮すればバンザイ突撃に走りがちになる。その戦術思想は兵器にも投影される。日本の空母は一度被弾すれば発着艦が不可能となり戦列を外れる。飛行機は一撃で容易に火を吹き、防弾されていない操縦席で沢山の搭乗員が機上戦死した。
ところが、対する米軍は、卓越した驚異的なダメージコントロールを発揮し、この海戦でも被弾した二空母ともに短時間で発着艦可能な状態にまで回復させ、艦載機では相当数の機銃弾を撃ち込まれても墜ちずに母艦に辿り着いた機が沢山あった。熟練搭乗員の養成には膨大な時間と訓練環境が必要である。機材と人材の絶対数に劣る日本海軍は、ミッドウェー海戦以降、ジリジリと戦力を落として行くのである。
戦闘に錯誤はつきものであるが、冷静な判断をなしえずに、勝てる戦いを勝てなかった例は多い。本海戦もまさにそれで、喪う必要のない犠牲まで払わされた。ただ、錯誤が多かったのは米軍も同じで、この史上初の空母同士の海戦は、双方にとって大きな問題点を残した。
歴史にifはあり得ないのだが、この海戦で、薄暮攻撃を行わず、また「瑞鶴」に着艦した艦載機を極力捨てず、第3次攻撃を敢行して「ヨークタウン」により深いダメージを与えていたら、と結果をいくら理解していても悔しく思ってしまう。更に思いを致せば、派遣されたのが機動部隊指揮に不馴れで消極的な五航戦の原忠一司令官ではなく、より錬度の高い二航戦で、勇猛果敢、沈着冷静な山口多聞司令官の指揮であったなら、また当初駆けつける予定だった一航戦の「加賀」が参加していたら…
そう感じさせる程の迫真の描写力は秀逸で、特に同じ時間帯に攻撃を行った双方を交互に描き出す部分には素晴らしい疾走感があった。また、突き詰められる限りの日米双方の将兵の人物像を描写し、彼等の最期の様子、努力と敢闘、私心無き潔さ、優しい家族思いの心など、彼等が私達と同じ様に、全力で青春時代を駆けた生き様をエピソードとして紹介しておられ、彼等の最期を思うと深く胸を打たれる。
何度読み返しても得るものがあるだろう。