本書は第五之書「失意の歳月」にあたります。第四之書「暗黒の歳月」の最後で愛するレベッカを誘拐されたデービッドは、文字通り「失意」の歳月を過ごします。 本書で描かれる時代は一九三九年から一九四六年までのおよそ六年間。前半はイギリス、後半は太平洋上と日本で、デービッドはこの時代を目撃することになります。 第二次世界大戦の敗戦国として日本とおなじように再出発し、おなじように経済復興をとげ、世界をリードする国のひとつとなったドイツ。そのドイツの一作家によって、日本の戦後がこのように描かれたのは、おそらくはじめてのことではないでしょうか。これまでデービッドがニッポンに深く関わるよう設定されてきたのは、この場面を無理なく書くためだったといっても過言ではないでしょう。そして、無条件降伏を迫られた当時のニッポンの政治家、軍首脳がいかに右往左往していたかが克明に描かれる一方で、戦勝国となる国々もまた戦後をにらんだ権力闘争に走りはじめていることもしっかり批判されます。この目配りこそ、ドイツの作家イーザウならではのものでしょう。もちろん自分の国であるドイツが当時犯した残虐行為に対しても厳しい批判の目を向けていることはいうまでもありません。 二一世紀は「戦後」ではなく、テロの世紀としてふたたび「戦中」になっているといえるかもしれません。そうした今の状況を知るためにも、一九四五年は重要な年といえます。連合国と枢軸国の勝敗をわけた年というだけでなく、二〇世紀後半の自由主義と共産主義の対立の構図を鮮明にした年であり、また人類が核戦争の脅威におびえる時代のはじまりでもあります。そして戦前の植民地主義が崩壊し、世界各地でしいたげられた人々が独立ののろしをあげはじめたのもこの年です。欧米日の列強によって恣意的に惹かれた植民地という境界線と、民族や宗教の境界線はいたるところでズレを起こし、そのひずみが今、中近東、南米、アフリカなどの各地で噴出しているともいえるでしょう。 その意味では、この第五之書で語られた歳月は、デービッドの人生のターニングポイントであると同時に、二十世紀のターニングポイントであります。いや、もしかしたら人類のターニングポイントなのかもしれません。
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