分子生物学の系譜ではウニ、線虫、ホヤ、酵母、大腸菌、赤パンカビ、ファージ等々
の小生物が素晴らしい成果をあげてきた。その中で分子遺伝学の世界での主役は線虫
とハエであるが、モーガン一派のあとを次ぎ「行動の遺伝学的解剖」という切り口で
ショウジョウバエ第二の隆盛を築いた一人がシーモア・ベンザーである。ニーレンバー
グやオチョアらがtriplet codonの謎を次々に解明していった時代に、「コドンの縮合」
で華々しく分子生物学にデビューしたベンザー。デルブリュックの薫陶を得て、
ファージr2変異株を用いて古典的な手法ながら遺伝子の「交差」という現象を実証した
のもベンザーである。これだけでも素晴らしい実績である。
驚くべきことに60年代後半には彼は分子生物学に見切りをつける。このあたりは線虫
に転向したブレンナーの生き方に重なる。そして後半生をショウジョウバエに打ち込み
様々な変異体の行動異常をもとに新しい生物学をうち立てていく。
常に「辺境」にいることを好み、自分達の開拓した分野に人が集まり始めると、さっと
身を引いて次のターゲットに移る。面白い研究者である。
読み物としては面白いが、研究内容をもう少し掘り下げて欲しかった。
特に最近の動静についての記述がやや散漫になっていると思う。
余りに文学的で筆が流れるパートも多いのだが、この学問領域の「伝記」的読み物が
少ない中では、充分存在価値があると思われる。もちろん一読の価値は多いにあるのである。