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時間と自我
 
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時間と自我 [単行本]

大森 荘蔵
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

日常性に依拠し、哲学の諸前提を覆してきた著者が、時間と自我という根源問題に挑む。「アキレスと亀の逆説」「他我問題」を解消し、過去世界の実在をも疑わしめる臨界へと至る、澄明な思考の軌跡。

登録情報

  • 単行本: 266ページ
  • 出版社: 青土社 (1992/03)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 479175171X
  • ISBN-13: 978-4791751716
  • 発売日: 1992/03
  • 商品の寸法: 19.2 x 12.6 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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過去は幻か 2009/8/14
By Tod
形式:単行本
 日本哲学界の重鎮、故大森荘蔵による時間三部作の第一作である。
 大森哲学最大の魅力は、いかなる予備知識も要求しないその平易な語り口と分かりやすさにあるだろう。膨大な知識を保有していながらそれをおくびにも出さず、初心者と手を取り合って一歩一歩前進するエッセイ風の大森哲学スタイルは、その後の日本を代表する哲学者たちにも大きな影響を与えているように思われる。
 他我問題やアキレスと亀のパラドックスについても論じられているが、後の哲学者たちによってもしばしば言及されるのはやはり過去の実在性の問題であろう。大森は現在と過去とのあいだに横たわる絶対的な断絶を指摘したのちに、過去そのものの実在性に対して懐疑の視線を向ける。
 例えばわれわれは夢を見る。目覚めた後に見た夢を思い出す。夢を見るという現在形としての経験がまずあって、その後に見た夢を過去形として思い出す。だれもがそう信じている。だが大森は言う。現在形としての夢などというものはない。夢は常に目覚めた後に、あくまでも過去形として捏造される。夢は思い出されるのではなく、創られるものなのだ。
 過去も同様である。かつての現在が、後に過去として思い出されるのではない。過去は一度も現在であったことはない。過去の一部が記憶としてよみがえるのではなく、過去とは記憶のことである。
 他者の記憶とのコンセンサスの問題等、大森の過去非実在論に関してはネガティヴに論及されることが多いが、その独創性は他の追随を許さない。哲学を志す者にとって必読の書である。
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2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By トップ500レビュアー
形式:単行本
線型時間は、以前以後という概念から作り出された時間順序である。そして、最早過去や未来とはそもそも何を意味するかを問うことすらも忘れられている。
過去とは、過去知覚が現在知覚として再生・再現または再経験することではない。過去を経験すること。即ち過去形の経験なのである。それは、想起(無根拠、無条理である)による言語的創作なのである。
そして、言語は一般概念であり数学や物理学とともにイデア世界である。
夢についても、単に夢をみたことの想起である。
まず、夢見の経験があって、次いでそれを再現するというのではない。それでは、まず過去の知覚経験があってそれが「記憶」されてたまたま想起されて再生されるという転倒した常識と同じである。
本来、「記憶」という概念は無用のものである。過去は実在しないのだから。
想起において「立ち現われる」過去は、「再生」という二次的出現でなくその過去のオリジナルの初体験である。(想起内在過去説)
未来もまた同じく未来形の経験なのである。過去と未来は同質である。非知覚的非感覚的(言語)な意味制作である。
その先に刹那仮説(刹那生滅)がある。(道元の「経歴」がよくわかる)

そして、感情。
大森は、「風情。ふうじょう」という視点から感情を眺める。
結論から言えば感情とは認識の一形態である。
芸術の真の狙いは知覚風景の再現ではなく、その上に乗る「風情」にある。そして、「風情」は一般・普遍概念である。
つまり、言語と言っていい。「風情」の究極は空間的無限、時間的無限である。
「風情」を感じるとき、個別と普遍は不可分となる。(一体化)
「風情」と言語は双生児と言っていい。
感情とは、心にあるのではなく外界の風景が持つ「風情」に他ならない。(無脳論)
感情は、知覚の一種であり知の一形態である。「風情」の認識なのである。

この本には、コペルニクス的転回を必要とする内容が詰まっている。
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