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前作『2001年宇宙の旅』では、ヒトザルが動物の骨で獲物を殴り殺すことを想像し、道具の使用に目覚めるが、ルドビコ療法を受けたアレックスは、瞼をムリヤリ開かされての暴力映像の洪水に、吐き気を催す。知覚の変容という点で、スターゲートのパロディ?現実の暴力より、映画の暴力に苦痛を覚えるアレックスの倒錯が彼を、治療前は他人への暴力に駆り立て、治療後は他人からの暴力を甘受させる(「不思議なことに現実世界の色が本物らしいのはスクリーンの上でだけ」)。抑止効果としての暴力映像そのものが肉体的暴力だという皮肉。実験中、彼は涙を流している?いや、それはただの化学薬品。‘暴力衝動の反作用として善を志向する逆説’も、いつどちらに反転してもおかしくない。善を自ら選択する意志がどうのと語る宣教師も、聖書の描く恐怖の神罰を‘ビディー’った奴であり、アレックスと同じ穴のムジナ。ニーチェ曰く、聖書は「弱者の血に飢えた復讐心の産物」。神は最もウルトラ・バイオレンスな奴なのだ。小児的欲望への永劫回帰、ニーチェ的超人の戯画としてのアレックス。『2001年...』でボーマン船長がグラスを割る場面は肉体の儚さを感じさせたが、アレックスは真っ赤なワイン=血を飲まされている。
「SEXと暴力は最大の娯楽」(by.庵野秀明)。キューブリック作品も例外じゃあない。アレックスが聖書の暴力場面を想像する所なんて『スパルタカス』のセルフパロディっぽいし、「作曲者に罪は無いのに」なんて台詞には、『博士の異常な愛情』のラストを連想させられ、ニヤリ。本作最大の皮肉とは、この自滅的自己言及?
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