日本の精神医療の実態をひのもとにさらした書物としては、古くは大熊一夫の『ルポ精神病棟』があり、同じ著者による『精神病院を捨てたイタリア捨てない日本』は、世界的な脱施設化の潮流のなかで、日本の精神医療がおかれている特異な状況を明らかにしている。
それらと比較した本書の特徴は、社会学、歴史学などの分野を横断した書き手が、精神疾患概念の変遷や、患者の処遇などに焦点をあてることで、時代を映す鏡としての精神医療を通覧できるようにしている点である。近代に入って成立した、病気を患者の存在のありかたに転化する<存在>としての疾病観は、病気を周囲との関係をも含めて捉えかつ一時的なものとみる<状態>としての疾病観に較べて、患者を苦しめていることは疑いなく、この点の指摘は深い。本書の編者芹沢一也にはほかに『狂気と犯罪ーーーなぜ日本は世界一の精神病国家になったのか』があり、世界的に見て群を抜いておおいわが国の精神科病床数(全病床の3分の1をしめる!)が、どのような経緯や疾病感をもってここまで増えたのか、統計や著名な精神科医の言葉をしめしながら解説しており、あわせて読むとより理解が深まる。
また、より軽妙な筆致で書かれた読み物としては、織田淳太郎の『精神医療に葬られた人びとーーー潜入ルポ社会的入院』もあり、一般向け。ただし、ルポというには精神医療の暗部にふみこんでおらず、長期入院患者の苦悩と絶望にはせまりきれていない。長期入院患者の心情を本当に理解するには、一年くらいは入院生活に甘んじる必要があっただろう。
関連書を通読して感じたのは、患者がどのようによばれているか、そこにすでに、その国の患者がおかれた状況がうかびでるということである。6ケ月の通院で、障害者の認定がでる日本と、患者を組合員とよび起業さえ支援するイタリア。どちらの国が人間的配慮にすぐれているかはあきらかだ。イタリアの精神医療を映画化した『人生ここにあり(自由こそ治療)』のなかで、No Work.No Life.のプラカードをかかげた女性をみた。これが、患者の本当の魂の叫びと思う。
これに較べれば、長期入院患者の一郎さんが、一生病院ですごすことをのぞんでいるという物語をつむいでいる『精神医療に葬られた人びと』は、傍観者のファンタジーにおわっているし、患者を精神障害者とひとくくりにすることに何の疑問も呈してない本書にも限界がある。
それは思考を停止させるラベリングだという告発があれば、星5つつけられたのに残念な書物だ。