切り裂きジャックが跋扈する1896年のロンドン。思いを寄せた娼婦が惨殺されて以来、資産家の息子アンドリューは自裁を決意していた。いとこのチャールズはそんなアンドリューを助けようと一計を案じ、西暦2000年へのタイムトラベルツアーを催行している旅行会社に向かう。しかしこの旅行は常に2000年の決められた日にしか行けないということが分かり、今度は作家H・G・ウェルズが持つタイムマシンに頼ることにするのだが…。
H・G・ウェルズ+タイムマシン+切り裂きジャックとくれば映画『タイム・アフター・タイム』(1979年)の焼き直しかと思いますし、この小説の描く西暦2000年では自動人形が人類に対して殲滅戦を仕掛けていると聞けば、映画『ターミネーター』(1984年)の盗用ではないかと首をかしげます。所詮その程度の小説なのかと訝(いぶか)りながら頁を繰り続けました。
ところがこれはそんな私の浅はかな推測をあざ笑うかのように大胆な仕掛けに満ちた物語でした。いやまったくもって堪能しました。
それがどんな仕掛けに満ちたものであるかをここに書くことは許されませんが、私たち読者がH・G・ウェルズの小説以来、100年以上の長きにわたって様々なタイムトラベル物に接してきたというのに、まだまだこんな形で物語を構築する方法があったのかと、新鮮な驚きを与えてくれるのです。
物語の幕切れは、壮大な冒険を終えた主人公ウェルズの満たされた思いはもちろんのこと、作者自身が遠大な物語を紡ぎ終えたことへの充実感を余すところなく美しい文章で伝えていて、読みながらこちらの心も充足していく思いが強くします。
スペイン語の原文にはあたっていませんが、日本語訳の素晴らしさにも触れておきたいと思います。それはそれは見事で流れるような日本語文です。無類の面白さを持つスペインの小説が、練達の翻訳家と日本で邂逅した。私たち読者はその大変な幸運に恵まれたと心の底から思えるような日本語版に仕上がっています。
人に勧めてこの驚きと感慨を共有したいと強く感じる、上下巻あわせて800ページの作品でした。