まず、この本の元本は『「婦人公論」にみる昭和文芸史』という中公新書ラクレから5年ほど前に出されたものである(ちなみにまだ買える)。それを知らないで読むと、たとえば宮本百合子の項でこんな記述が出てきて戸惑うだろう。
「(作品は)『中央公論』に発表され、残念ながら『婦人公論』の方には小説はほとんど書いていない」。いったい何が「残念ながら」なの?なんて。
この内容の本を『昭和文芸史』などという普遍的なタイトルに改題するのはズルイな、と感じる。「婦人公論にみる」は欠かせないでしょう。しかも、ラクレの本がまだ生きてるからね。皆さん、間違って購入しないように。
さてこの本の内容についてだが、はっきり言ってとても違和感を覚えた。
取り上げられた文学者23人、それぞれに対する書き方がフェアじゃない。著者の好きな人に対してはとことん情熱的に擁護するような書き方をしているのだけれど、あまり好きでない人に対しては重箱の隅をつつくように片言隻語をあげつらって腐していく。
著者の森さんが好きでない人というのはこの本で言えば平林たい子、亀井勝一郎、三島由紀夫などであり、好きな人は宮本百合子、野上弥生子、佐多稲子、林芙美子など。要するにこの人、反共・保守・女性蔑視的なものが嫌いなのだ。そしてリベラルな思想を持って生きた女性、左翼、アナーキストが大好き。
もちろん、著者がどんな思想信条を持っていようと、全く自由。だけど、好きでないならハナから入れなきゃいいのにと思う。読んでいて不快なんだ。例えば亀井勝一郎に対する記述など、ちょっとひどい。本質論はそっちのけで、亀井が書いた「女性蔑視的」な言葉を、文脈を無視していくつも取り上げていく。「ほら、亀井ってこんなにひどい男権主義者でしょう」といわんばかりに。嫌な女だ。
あるいは戦後、反共に転向した平林たい子に対する人格攻撃的な記述も随分だ。詳しくは書かないが、ああいう取り上げ方をするならどんな文学者にだって「悪い面」はあるのだからそれってフェアじゃないでしょう、森さん。
この森まゆみという著者、「谷根千」の命名者で、古い東京や明治の文化を愛する「粋なおばさん」というイメージだったのだが、今回この本を読んで、あるいはブログを見てみると、けっこう生臭い政治の話が好きな方のようだということがわかった。特にフェミニズムには熱心なようで、この本も全体的に著者のフェミニスト的視点からの記述が多く、ノンポリティカルで粋な「昭和文芸史」を期待して読むと「何だこりゃ」と失望してしまうだろう。もちろん、初出は「婦人公論」連載の文章だから、読者の女性に対するリップサービス的なものもあったかもしれない。ならば、尚のこと元本のタイトルにある「婦人公論にみる」という部分を改題で削除してはいけないのではないか。
まあ、いずれにしても読んで「楽しい気分」にはならない本だ。この手の列伝風の本で著者のイデオロギーを前面に出すなら、せめて嫌いな人は人選しないでほしい。批判するためだけに取り上げられたような亀井勝一郎はかわいそうだよ。