どうもこの本の制作意図がわからない。廃墟マニア向け?なのか、どうか。
全国のある街の廃屋、廃墟、あるいは残骸ばかりの写真が並んでいるが、人はもちろん、犬猫の姿さえも見えない。
これら掲載の写真はことさら「そこに生きるもの」を排除して廃屋、廃墟を強調してみせる。これが「昭和幻景」というものなのだろうか。
かって、いや今でもそこに生活する人びとがいるはずで、その人たちにとってその場所は幻景どころか、現実そのもであるはずである。あえていえば、これらの写真は現実を写し取ったものでなく、演出された「虚構」でしかない、といえる。
生まれ育った街でもないのに、朽ち果てかけているだけで写真に撮られ、即物的なキャプションをつけられ「虚構」に仕上げられたこれらの風景は、まるで舞台の書割みたいな存在になってしまっている。
なるほど、それで「幻景」なのか、と考えるのは穿った見方なのだろうか。
編集技法でも疑問がある。
見開きにテーマになった街の全景の写真、次のページには2ページにわたって小さな写真が詰め込まれ、キャプション(説明)がおたがい競うようなかたちで掲載されている。これは写真家と文章家、双方の顔を立てたかたちになっている。ここは写真に
場所をゆずり、説明は巻末にまとめ、この本では記載されていない撮影データをつけ、家屋建造の年表、地図を加えれば、それなりの資料として役立つかもしれない。このままでは資料としても使えない。要するに中途半端な出来上がり。
全国各地の街歩き、探訪ブロガーの一部の人たちの方が、写真にせよ、キャプションにせよ、よりレベルの高いものを持っている。
帯に「忘れ去られるのはこの小さな風景か、それとも「昭和」という時代か。」とかっこよく書かれているが、これらの街で生活を営んできた人々はこの「小さな風景」を忘れないだろうし、必死で生き抜いてきた人々が「昭和という時代」を忘れることもないだろう。
むしろ、対象を捉えそこなった本書がまっさきに忘れ去られるだろう。