司馬遼太郎の向こうを張って昭和史を再構築する著者の到達点。
なるほど昭和は息苦しい。
明治維新のような夢もなければ、龍馬や西郷のような絵になるカリスマもいない。
財政の逼迫、列強の極東戦略、軍部の台頭と専横、官僚政治の硬直化、普通選挙と政党政治が生んだ世論というモンスター。
司馬遼太郎もついに昭和を描かなかった。NHKのドラマにも登場しない。歴史ドラマをみれば、まるで明治維新から戦後日本が生まれたようである。もちろんそれは事実ではない。どれほど陰鬱な時代であろうと、私たちを生んだのは昭和のほかにない。
子供が厳しい親より優しい祖父母を慕うように、昭和を忌み明治へ過剰なロマンを抱くことで、私たちは昭和の重圧から逃げていないだろうか。
日本人が自らの来し方を見つめる時、逃げては通れない道を、著者は歩もうとしている。
そして、あの息苦しい時代から逃げることを許されず国の歴史の中心で耐え続けたのは、昭和天皇を置いて誰がいるだろう。著者はその人を、震えるような共感を持って描く。